文化祭、テニス部は体育館の一角で金魚釣りと輪投げと射的、その景品も兼ねて駄菓子屋をやることになった。 わたあめ屋がやりたかったらしいブン太は文化祭前日になっても「しょっぼ!」とむくれてアンズ氷をむしゃむしゃ食べている。 ちょ、それ駄菓子の商品! 「ブン太、くすねてきたの!?」 「ケーチケチすんなぃ、ちゃんと金は置いてきたって」 「種類多く仕入れたから数はみんなそんなないんだって言ったでしょー!明日も店番やりながらつまみ食いしないでよ……!」 「へーへー。あー怒られたら腹へった!ちょっとコンビニよろうぜ!」 よろうぜ!なんつって一人でだっと走ってもうコンビニに飛び込んでる。あいつ……。 「あー……行くか?」 「ブン太のコンビニは長いからのぅ」 同じ沿線組のわたし、ブン太、ジャッカル、仁王は部活なんかで時間がそろうときは歩きなら大抵みんないっしょに帰る。 ブン太がこうやって勝手にコンビニに寄るのもいつものことだ。だけど今日は文化祭の準備でさすがにみんな疲れている。 ジャッカルと仁王が面倒くさそうに目を見合わせた。 「はどうする?」 ジャッカルにきかれてしばし迷う。たしかにおなかは減っている。けどもう9時を回っている。あたりはとっくに真っ暗だ。 「うーん……明日の朝早いから帰りたい。疲れたし」 「だよな。俺も明日朝一の店番なんだよ、クラスの展示」 「俺もはよ帰って寝たいき」 「ということは……」 無言で三人ちらちらと確認をして、いっせーの、で、 「「「じゃんけんぽん!!!」」」 「よっし!ジャッカルさっすがダブルスパートナー!」 「ジャッカル、あとは頼んだぜよ」 「やっぱり……嫌な予感がしたぜ……」 肩を落としてチョキを出したままのジャッカルがコンビニへ飲みこまれていく。 いくらなんでも一人だけコンビニに残してはブン太が哀れ、というか明日の店番中にやけ食いでも起こされそうでこわい。 ジャッカルには悪いが人身御供になっていただこう。 「よし、帰ろう!ちゃんと家帰ってご飯食べて寝よう!」 「おー」 4人で帰っていると主にブン太がにぎやかに喋るからあっという間に駅まで着くけど、仁王と二人だと黙々とした帰り道になる。 無口という印象はまるでないけど、おしゃべりというイメージも仁王にはない。 けれど不思議とそれを気詰まりに思わせないのもこの人の不思議なタチだ。 静かになると一気に仁王のついている松葉杖の音が大きく聞こえた。 ここ十日間、コツコツと鳴るのをに聞くたびに申し訳なくなる音だった。 「仁王、足どう?」 たずねると仁王は松葉杖の存在なんて今気づいた、みたいな顔で「あー」と間延びした声を返した。 「どうもせん」 「まだ痛い?」 「痛くない」 「本当に?」 「本当じゃ」 「ならいいんだけど…」 こういう風に聞いても仁王が「痛くない」以外に言うとは思えないんだけどつい聞いてしまった。 男子はただでさえやせ我慢しぃだし、スポーツ選手ならなおのことだし、それに加えて仁王だから痛いことを痛いなんて言うわけがない。(痛くないことを痛いとは言うかもしれないけど) それにこの怪我はわたしをかばってくれて作ったものだし。 あーあ。現役のスポーツ選手にかばわせるなんて、本当に最悪だ。マネ失格。 怪我の直後よりも、松葉杖をついて片足引きずる仁王なんて似合わないものを毎日見ていると改めてとんでもないことをさせてしまったのだと思い知った。 本人は特にこたえた様子もなく飄々とした身のこなしの内にすっかり松葉杖を扱っているのだけど。 「なんか、にらんで」 「にっ…らんでないよ、心配の目だよ!」 「余計嫌じゃ」 ばっさり仁王は言い捨てる。 そう言われるのはわかってる。だからいっしょに病院に行った日以来ごめんとも言えない。 気をつかってくれてるのもあるだろうけど、そういうこと抜きにしても仁王は多分心配されたりり謝られたりするのが好きじゃないんだと思う。 そういう気配を少しでも見せるとこんな風にちょっと侮蔑の浮かんだ目で見られたりする。 自分のしたこととその結果に他人が割りこむことを嫌っている。 プライドが高いんだ。この人は。 「……にらまないでよ」 「にらんどらん。心配の目ぜよ」 「……なんの」 「人がいいからのー、は」 「…………」 「誰かに騙されたりせんかいつも心配しちょる」 「仁王に詐欺の心配をされるとは……」 「親心じゃ」 「そうですか……」 「ほーじゃ」 あれ、またうまく煙に巻かれたか…? 黙っていると、またコツコツの音が耳をつく。 いつもと同じ一本裏の通りの近道をつかってるのに駅までの道が今日はやけに長い。 時折すぐ横をものすごい速さで車が行く。 道路側を歩く仁王が反射的に心配になる。でもそういうそぶりも嫌うだろうと思うので、こっそり注意している。 だしぬけにぽつりと仁王が言った。 「すごい星じゃ」 「ほし?」 「見てみい」 仁王の上向きの横顔の視線を追うと、月のない空いっぱいに星が散らばっていた。 「あれ、なんか星いっぱいだねぇ!」 「昨日台風だったからの」 「あーそっかー。いつもはこんなに見えないよねぇ」 「ほーじゃの」 「きれーだねーなんか落っこちてきそう」 「落ちてきよったら大変なことになるぜよ」 「ロマンだよロマン。あー、星ってずっと見てるとなんか穴が空いてるみたいに見えてこない?雨漏りしそうな天井とか、虫食った傘とか」 「虫食った傘もロマンか」 「場合によっては」 「星の光が届く頃にはその星はすでに死んじょる、って知っとるか」 「知ってる。星にも寿命てあるんだよねー。死んだらどうなっちゃうんだろう。流れ星になるのかな、隕石になるのかな」 「死んでても星はきれいくてええのう。死んでからもに誉められて、えらいもんじゃ」 「なに、それ」 思わず笑ってしまった。 「なんか、笑って。まじめに言っちょるのに」 「だって、おかしい。仁王が星のこと言うのもなんか、おかしい」 「星、好きか」 「? うん、まあ」 「あんまり星見てるとしゃっくり出るぜよ」 「え? なにそれ。はじめて聞いた」 「ほんまじゃ」 「うそだー」 ずっと上を見ていた目を仁王に向けると、仁王はまだ星を見ていた。 そして二十秒くらいそのままでいたかと思うと、ひっく、と言った。 「えええー」 うそくさい。吹き出して笑った。 「ほんまじゃ」 また、ひっく。 「えー」 ひっく、ひっく、としゃっくりは続く。 「……止まらないね」 「止まらん」 「本当に?」 「本当に」 そうは言っても全面的には信じがたい。だって仁王だ。 「……しゃっくりって水飲むと止まるって言うけど。何か飲む?」 「いらん」 「あとはびっくりすると止まるって言うね」 仁王がびっくりすること。びっくり。仁王が。 「……仁王、なんかびっくりすることってある?」 聞いてしまった。だって仁王がびっくりって。するのか?まあ、することもあるだろうけど、とりあえずわたしには何も浮かばない。 「前もって知っとったらなんも驚かん」 言いながらまだ星を見ている。 「だよねぇ」 うーんと考え込んでいる内にも、時折ひっく、と仁王の喉仏が軽く上下する。 「びっくり……びっくりねぇ……」 「、びっくりするような秘密とかないんか」 「秘密……………………。あ、わたし幸村が好き」 空に顔を向けたまま、目の動きだけでこっちを見た仁王と目が合った。 「…………びっくりした?」 「せん」 「なんで。…もしかして気づいてた?」 「」 はー、と仁王の肩が下がった。 「下手すぎじゃ」 「あ、やっぱり?わかった?」 もちろん嘘に決まってる。 頭をかいて、また空を見上げた。 「真田じゃなくて幸村ってとこがちょっとリアリティない?」 「せめてブン太か柳生あたりじゃろ」 「やー、ははは、ブン太はないよ!」 「仲ええのに」 「仲はいいけどね」 「ほーか」 「あーおなかへったねー」 「ほーじゃの」 「眠いねぇ」 「ほーじゃの」 「星すごいねぇ」 「ほーじゃの」 「あの星がみんな死んでるなんてちょっとよくわかんないよねぇ。だったら今チカチカまたいて見えるのは一体何?というか。理屈ではなんとなくわかるけどさぁ」 「ほーかの」 「え、仁王、詳しいの?」 「いや、別に」 「なんだ」 「けど、あん星全部が本当はもう死んでても生きてるときあれだけきれいかったって、それが今わかるだけで充分じゃ」 「……そうか」 「ほーじゃ」 「そうだねぇ。仁王、かっこいいこと言っちゃって!」 「ほーか」 「うん、かっこいい」 「、」 「おわっ」 唐突に肩をつかまれた。死角からなんかされるとびっくりするな。 「な、なに」 「電柱」 「……あ」 「……前見て歩きんしゃい」 「ははははは……はーい」 ぶつかりそうになった電柱の角を曲がると、もう駅の改札が見えた。 ずっと上見て歩いてたから首が凝った。電車の中で二人でコキコキ鳴らした。 二十分くらいして先に仁王が降りた。 ホームを歩く背中を見ていると時折しゃっくりに合わせて肩が揺れた。結局止まんなかったな。 片足をひきずりながらも仁王は器用に歩いている。コツコツと、きっと小さく音を立てて。 聞けなかったけどやっぱり明日の立海テニス部四人編成の嵐は無理だろうなぁ。 ただでさえ一人少なかったのに、三人で嵐。 うーん。ちょっと、寒い。 |