「あ、」 「………………幸、村……?」 「何言ってるんだ、当たり前だろ」 にこ、と微笑む幸村はブラックジャックのコスプレをしていた。 文化祭でみんなそれぞれ扮装してるから、幸村だけ特別に目立っているわけではないけれど……いや、やっぱ目立ってるよ。顔のつぎはぎメイクも完璧だよ……? よりによって天才外科医様のコスか……屈折の仕方が逆に素直だ。 「よ、よくお似合いで」 「そうだろ?ピノコがいないのがちょっと物足りないんだけどね。、よかったらやらないか?」 「や、やらないやらない!」 「そう?」 「ブ、ブン太あたりに声かけてみれば?」 「ブン太か……そうだね。あとで聞いてみるよ」 ブン太ごめん。 「それはそうと、あのさ、仁王を見なかったかい?」 「午前中クラスと部活の出し物のほうで何度か見たよ。午後になってからはわかんない」 「そうか。あと15分くらいでブン太たちのステージはじまるんだけどな」 「え、でも仁王は足……」 「うん。出るのは無理だけど、せっかく用意したからこれ渡したいんだって、ブン太たちが」 幸村が黒いマントの内側から取り出したのは青いマフラーだった。 「なに、これ?」 「なんでも赤也が赤でブン太が黄色で柳生が緑、仁王が青なんだって。制服で踊るからマフラーだけでも軽くステージっぽくするって言ってたけど」 「ステージっぽいというか……ゴレンジャーぽいね」 「四人だけどね。しかも結局三人だし。寒いよね。心配だから俺が飛び入りで入ろうかと思うんだ。ちょうど色も黒でかぶらないし。どう思う?」 「え……幸村踊れるの?」 「嘘だよ。わかろうよ」 にこ。と幸村が笑う。 に、……にこ。(微笑み返し) 「そうそう、俺、舞台袖で音響とか見なくちゃいけないからもう行かないとまずいんだ。で、仁王さがして、それ渡しておいてくれないか?」 「はじまる前に?」 「終わった後だとなお寒いだろ?」 たしかに。 「ちなみにケイタイはつかまらなかったから。いつも通り」 縄投げのように片手で青いマフラーをわたしの首に巻いて、じゃ、と幸村が黒いマントを翻す。 ばさりと硬い音がして廊下の生徒や一般のお客さんが一斉にその後姿を目で追った。 やっぱ目立ってるよ、幸村……。 あと何分って言ったっけ。10分…15分? 仁王の行きそうなところなんて、うーん、こっちが聞きたいくらいだ。 けど、ブン太たちのステージが見える場所にはきっと現れるだろう。 有志の演目は例年学校の中庭に面した特別棟のニ階部分に大きく張り出したピロティをステージ代わりにしている。 あれが一番近くでよく見える場所って言ったら当然中庭だけど、もしそっちにいればそこらへんで働いているらしい幸村がわたしに連絡くれるだろう。(多分) あとは特別棟の各教室のベランダか…………そのもっと上か。 普通足を痛めていたらわざわざそんなところまで上らないだろうけど、仁王ならそう思われることも考慮に入れて行動しそうだ。 時計を見てわたしは早足で階段に向かった。 ドアを開けると少しきしんだ。 その音で思った通りそこにいた背中が振り向いた。 「」 「やっぱり屋上だったか」 「? 探しちょったんか」 「そうだよ。間に合ってよかった」 柵に前のめりによっかかっていた仁王の隣に並ぶと真下のピロティがよく見えた。この棟は四階建てだから高さもそんなにない。 舞台の袖で三色のマフラーを巻いたブン太たちと、何やらごそごそ音響機械をいじくってるブラックジャックが見えた。 中庭にもずいぶん人が集まっている。 青いマフラーを外して仁王に渡す。 屋上の風がむきだしになった首に冷たい。 「これ、仁王の分だって。赤が赤也、黄色がブン太、緑が柳生」 「俺が青か」 「そう。みんなでおそろい。ちょっとしたステージ衣装なんだって。出れなくてもせっかく用意したからはじまる前に渡してくれって頼まれたの」 「終わった後じゃ、こういうのは寒いからの」 「そうそう。幸村とおんなじこと言ってる」 「幸村はモグリの天才お医者か。似合っちょるのー」 「ほんとだよね。……あ、こっち見た」 「聞こえたか」 「まっさか。……でも幸村だからなぁ……うわぁ……笑ってるよ……。あ、オッケーだって」 片手でオッケーサインを掲げる幸村にこっちも二人でオッケーサインを返した。 はじまるらしい。 幸村がまず真ん中に進み出て、短い口上。「俺はピノコ募集中です」というつかみにみんな笑ってくれる。 すべらなくてよかったね、幸村……! それがおわると三色マフラー隊が出てきた。 赤と黄色は元気いいけど緑が微妙に震えているのは気のせいか……。がんばれ柳生…! 「ブン太の髪に黄色は目に痛いのぅ」 「上から見るとチュッパチャップスみたいになってるね」 音が鳴った。三人が動きはじめる。 上からだと細かい振りはわかんないけど、やっぱり舞台に隙間が大きいなぁ……。 お客さんは割りと盛り上がってくれてるけど、うーん。 「やっぱ寒いの」 つぶやいて仁王は身軽に柵を乗り越えた。 「えっ、ちょっと!」 「松葉杖、頼むき」 そのまま雨どいをつたってするするとピロティに降りていった。何て奴だ。怪我してんのに。猫か。 ていうか、その足で何をどうするんだ仁王! ああ、でもはらはらしてももう遅い。 ステージに降りてきた仁王にいち早く気づいたらしい幸村が、まるで最初っから用意してた手際のよさでヘッドマイクを放り投げた。 三人のマフラー隊も一瞬ぎょっとしたもののすぐに自然に動きの中へ戻っていく。 お客さんは屋上から雨どいをつたって降りてきた四人目のマフラー隊員に大盛り上がりだ。 そして仁王は足が痛んでいる素振りなどおくびも見せずに流れるように歌い踊っている。 なんだ、プロ魂か。プロじゃないくせに。 腰が抜けそうになってるのを柵に取りすがって見下ろしていると、舞台袖でブラックジャックが顔を上げた。にこ、と笑ってオッケーサイン。 「なんだそれ……」 打ち合わせかなんかやってたのか? いやまさか。それにしたら不確実だ。 これも余計だし。 隣で仁王がここにいた証明である松葉杖が主人に代わってやけに堂々とピロティのステージを睥睨している。 無理してるのか、もう全然痛くなんてないのか。 心配されるのが嫌いなくせに、これじゃあ心配かけるのを趣味にしているようなものだ。 どうたずねても「痛い」という言葉が転がり出ないあの飄々とした顔を思うとうらめしい。 横で偉そうにしている松葉杖を軽く蹴ると簡単に倒れた。 拾ってまた柵にかけた。 ステージは無事おわったらしい。四色のマフラー隊が拍手をうけてそれに答えている。 仁王がぱっとこっちを見た。視線が直線でつながる。 昨日の夜、仁王はこんな顔で空を見上げてたんだな、とふとそんなことを思った。 口の形が何事かつぶやいた。 「………あ…ま…け、た…か?……ちがう、……た、ま、げた……か?」 たまげたか? 続けて、何度か肩をすくめる仕草。 しゃっくりも止まるくらいたまげたじゃろ、と耳の中で仁王の声が聞こえた気がした。 珍しく毒気のない顔で笑う仁王を見下ろしながら、わたしはもう一回松葉杖を蹴飛ばした。 |