屯所の朝は早い。
勤務に当たる隊士は日の出と共に床を出て、朝議までの時間をそれぞれ体ならしの稽古に勤しむ。
となれば彼らの食事の面倒を見る世話役の朝はさらに早い。
まだ暗い内に台所に立ち、朝食の下準備に取りかかるのはいつの間にか自然にわたしの仕事となった。
ここでは炊事と雑事の他には役立てる剣の腕もないので、役立てることが多少なりあるのはありがたい。

野菜の下ごしらえを終え米を炊く段まで支度をしたころ、週番制で炊事係を組まれた隊士たちが加わって皆で焼き物を仕上げ、食卓に出すのが毎朝の流れ。


大所帯の炊事を差配するのは重労働だが苦ではなかった。
米を研ぎ、かまどに火をつけ、野菜の泥を落とし、湯を沸かす。
体に馴染んだ一連の作業を自分のリズムでこなしていくのは心地よかった。



「やぁ嬢ちゃん、精がでるこって。御苦労さんですねィ」
「えっ」
「人が労ってやってるってぇのに、え、てことはねぇや」
「沖田さん。うわーどうしたんですか、こんな朝早く。あ、朝帰りですか?」
「下種な勘繰りはよしてくんな。最近冷えるもんで、小便に起きたらそのまんま目が冴えちまっただけでィ」
「ああ、ここのところ本当に寒くなりましたもんね」

うー、さむさむ、と言いながら寝巻のまま沖田さんはかまどの前にやってきて炎に手をかざす。

「あ、ちょっとどいてくださいよ、もう、邪魔だなあ」
「え、なんだって、邪魔だって?まったく、あんたにゃ慈悲の心ってもんが見あたらねぇや。年長者は敬うもんですぜ」
「年長者って一つしか違わないじゃないですか。ほら、ほんとに邪魔ですよ」


大所帯の食卓を切り盛りする割に広さのない台所なので、どう作業しても動線に沖田さんが割り込んでくる。
短冊に切った人参と大根を鍋に落とす時に、抗議を込めて勢いよく腰で沖田さんの体を押し出した。

「いて。おいおい勘弁してくだせェ、あんたの尻は廃刀令で取り締まれねぇのが悔やまれるってなくらいの代物ですぜ。そんなもん振り回されたら危なっかしくて仕様がねェ」
「廃 刀 令 で尻取り締まられてたまるか!」
「廃尻令?」
「廃しません!」
「あーあーやだねィ。そんなあぶねぇ尻ぶら下げてよゥ。そもそも若い娘が尻だの乳だの、あんたにはちぃと恥じらいってもんが足りやせんぜ」
「最初に尻尻言い出したの沖田さんだから!あと乳とか誰も言ってないから!」


てかなんで今朝はこんな絡んでくんのこの人!

「てかなんで今朝はこんな絡んでくんのこの人!」
「…え!?」
「て、今思ってやしたでしょう」
「……人の心読むのやめてくださいよ沖田さん」
「あんたの心中なんざ読むまでもねぇや。ぜんぶ顔に書いてありますぜ」
「……今日は非番なんですか?どっか遊びに行ってきたらどうですか?」
「おっと今度は厄介払いしようってのかい。冷てぇなぁ。あんたは俺にとっちゃ初めてできた年下の、そうさな、妹分みてぇなもんなのに」


ちら、とすくい上げるように視線を下から交えてくる。
……なんだ、この目。
なんだ、このうざさ。
今朝はどーした。何があったこの人。
わたし、なんか沖田さんの機嫌を損ねるようなヘマをしたっけ、と背中でこっそり冷たい汗をかく。


「……沖田さん……わたしなにか粗相でもしましたでしょうか!?もししてたらほんとごめんなさい!悪気はなかったんです本当!」
「ははは、なーに素っ頓狂なこと言ってやがんでィ、このすっとこどっこい。もとからの素っ頓狂な顔で素っ頓狂なこと言い出したら、こりゃいよいよ嫁のもらい手がなくなりやすぜィ」
「(てめぇ)素っ頓狂な顔で悪かったですね。生まれつきですよ!」
「そいつぁ、不憫なこって。ご愁傷さん」


あ、ひさしぶりの、殺意。

たくあんを切る包丁に思わず余計な力がこもる。だめだめ、万能包丁じゃこの人は切れやしない。

「まあ、冗談はこれくらいにして、本題に入りやすぜ」
「冗談!?はぁ!!?」
「いいねェ、その顔。まるで鬼女か般若だ。近藤さんに見せてぇや」

急に沖田さんの口から転げた「近藤さん」にわたしはてきめんに言葉につまった。

「……近藤さんは関係ないでしょう」
「あららつれねーなぁ。関係ねぇこたねーぜィ」
「……今は、関係ないじゃないですか」
「それがねぇこたねえんでさァ」
「……何の話ですか?」


ここにきてわたしはいよいよ沖田さんが何を言っているのかわからなくなった。この人といると割といつものことだけど、今朝は台所への現れ方から絡み様のうざさまで、奔放に跳ねる話の前足がどこへ着地しようとしているのかまるで読めない。


沖田さんはわたしの視線を受けて、じっとこちらを見つめている。


え。

なにこの無言。
なに、この、目。



「……いえね、ちょいとばかり、気にかかっただけでさァ」
「なにがですが?」
「今朝の朝食の献立が」
「………」
「てのは戯れ言で」
「…………(ウ ゼ ぇ)」
「今朝はずいぶん冷え込んだもんで」
「それはさっき聞きましたけど」
「こんな冬の朝にゃあ、いいかげん忘れちまってかまわねぇおぼろ気なあやふや事がよみがえって、夢見が悪くなるんじゃねぇかなぁ、と、いらねぇ気回しをしちまいましてねィ」



おぼろ気なあやふや事、よみがえる、夢見。
冬の朝。

沖田さんが何を言いたいのか、ようやく飲みこめた。



「……沖田さん、そんな、」
「勘違いはやめてくんな。俺が、じゃありやせんぜ。近藤さんでさァ」
「え」
「昨晩、初雪が降ったもんであの人もなにやら思い出すことがあったらしいや。気にかけてやってくれって頼まれたんでさァ」
「……………近藤さんが」
「そ。俺は藪をつっついて蛇を出さすようなもんじゃねーですかい、て言ったんですけどねィ。あの人も心配事ができるとそれしか目に入らねぇところがあるお人柄だ。特にあんたのことになると目の色が変わっちまう」
「………………」
「どしたい、押し黙っちまって」


わたしが黙る理由なんて知りぬいてるくせに、この人は。


「……意地が悪いですよ」
「そいつぁ生まれた時っからの性分でさァ」


相変わらずかまどの火の前で両手をこすって暖を取っている沖田さんは、いつもの淡泊な横顔。

……まったく。


「わざわざ様子を見にきてくださって、お手数かけちゃいましたね。でも今年は慌ただしくて、沖田さんに言われて初めて気がつきましたよ。そういえば今頃の季節だったなぁ、って」
「へえ? そいつぁ随分、」
「どんくさいでしょう」
「いんや。幸せそうで、何よりじゃーねぇですかィ」


言って、相変わらずにこりともしない。こっちをちら、とも見やしない。

……まったくこの人は。


思わず、頬がゆるんだ。そしてうなずいた。


「……ええ。幸せで、忘れてましたよ。昔のことは」


そう口にしながら、実際久しぶりに思い出す。
あの冷たさ、体の重さ、喉の渇き、死の感触。
そういえば、屯所へ来てから最初の一年二年は冬が巡る度、おびえていたような気がする。
その冬はじめて雪が降った日には決まって悪夢を見たような。

それが今年は言われるまで気づかないなんて。
昨日初雪が降ったことも知らなかった。


「本当に、幸せになってたんですね。いつの間にか」






近藤さんと沖田さんと出会ったのは四年前の冬、わたしが死にかけていた朝だった。
前の晩に死にかけて目を閉じて、朝がきて自分が死にかけのまま生きてたことにまず驚いた。
まだ死んでなかった。のか。わたしけっこう、やるなぁ。


生まれて以来過ごした村は数年来の深刻な飢饉に見舞われていて、その冬、多くの村人が姿を消した。
縁者のある者はそれを頼りに山を下り、まだ動ける体力のある者がそれに続き、村には死体が残された。

自分以外に誰が生きているのか、いや、誰か生きているのか?
動けなないままではたしかめようもない。人の声というものを長らく聞いていない。夜になると獣の遠吠えがして、ああ、食われるのが先か凍死が先か、飢えるのが早いか、と、ぼんやり思いながらゆうべは目を閉じた。
雪がしんしんと降り続く、白くて静かな夜だった。




「おい、朝だ!起きろ!」

耳元で怒鳴られて、そうか今は朝なのかと知った。まだ生きてたのか。
次いで強い力で体を揺らされるがどうにも眠くて目が開かない。


「近藤さん、そいつぁ夜更かしして起きれねぇわけじゃねぇですぜ」
「そんなこたわかってる!起きろ!朝だ!おい、起きろ、こども!」
「ですから寝坊してるわけじゃありやせんってぇのに。わかんねぇお人だなァ」
「おい、お前名前はなんていうんだ、おい!聞こえてるか!聞こえてたら返事しろ!おい!」


二人の男の声がするのは聞こえていた。けれど意識がひどく重たくて、何を言っているか判然としなかった。
ただ声が。その、耳元でがなりたてる声が、


「う……………」
「う!?おい、なんかしゃべったぞ総悟!生きてるよな!?この子生きてるよな!?」
「死人は口を利きやせんからねィ」
「おい、「う」、なんだ!?なんでも言ってみろ!」
「うるさい………………」


言って、わたしはそこでようやく目を開けた。
ぼやけた視界の中、すぐ目の前に男が一人。その背後にもう一人。


「うるさい!?うるさいって言ったな今!聞いたか総悟、やっぱりこの子生きてるぞ!よかったなぁ!おいこども、もう大丈夫だからな!なあ総悟!」
「ああ、そんななりで文句が言えんなら心配ねぇや。すげぇなぁ、近藤さんの大声にかかると死人もたまげて三途の川を渡りそこねちまう」


二人の男がどちらもその時、必死だったことをよく覚えている。
縁も所縁もないこどものためにあんな顔をしてくれたことを思うと、今現在の沖田さんがどんなに人非人に見える時があっても、ぐっと留まり、いやいや彼は実は、というか、たまには、ではなく、芯の芯ではいい人間なのだ、と信じることができる。たとえ何度となくバズーカーの巻き添えで吹っ飛ばされても。(……大丈夫。多分信じてる)


ともあれその後、わたしは近藤さんと沖田さんに助けられ、武州から江戸を目指す道中、雪山で迷っていた彼らの野営地にて手厚く介抱を受けたのだった。


親も友人も知り合いもすべて亡くし村で一人生き残ったわたしに、いっしょにくるかい、と言ってくれた近藤さんは、目の前に垂れた蜘蛛の糸だった。
散歩にでも誘い出すようにごく軽い調子で、恐らくさしたる考えもなく近藤さんは十三才のこどもだったわたしを救い出したのだ。


以来、慕っている。

これが恋なのかどうかは知らないが、あの人のそばで少しでも役に立てたら幸せだ。
……実際、ささやかながら炊事番として、少しでも近藤さんのためにできることがあったから、今の自分はこんなにのんきで幸せぼけをしているのだろう、と思う。




「ま、そんならいーんでさァ。近藤さんも何よりってなもんで、安心しやすぜ」

沖田さんは伸び一つして、時計を見る。

「あれそういや、噂の近藤さん今朝はまだ起きてこねぇようだ」
「あら、本当ですね、もうこんな時間なのに。朝議、遅刻しないといいんですけど」

朝食の仕込みももう終盤、あとは米が炊けるのを待って仕上げを残すばかりだ。


「もしかして昨夜は寝つけなかったのかねィ。なにしろ随分誰かさんのことで気をもんでたようだから」


沖田さんの推測が真実かは計りかねるけど、そう言われると無視はできない。
局長が朝の会議に遅れたりしたら土方さんがますますイライラして、それを見た沖田さんがウキウキして、最後には二人の何がしかの騒ぎに巻き込まれた近藤さんが痛い目を見ることになりそうだし。


「ちょっと近藤さんに声かけてきます。沖田さん、よかったら少しの間かまどの火見ててくれませんか?」
「えー俺もう布団にけえって二度寝するとこなんですがねィ」
「頼んだ瞬間それかい」
「へえへえ、わかりやした。人使いが荒い嬢ちゃんに頼まれてやるとしまさァ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「がってんでィ」


……任せたものの、一抹の不安がないではないけれど、ちょっと行ってすぐ戻ろう。
エプロンを外し、たすきを解いて台所を出ようと歩を進める。
と、


「なぁ嬢ちゃん。あんたが幸せになったお裾分けによ、ついでにあの人も幸せにしてやっちゃくれねーかィ」


不意にそんな声が肩にかかって振り返る。


「え」
「もう、いっちょ実力行使でもなんでもつかっちまって、モノにしちまえってんだこの根性無し」
「親指立てて変なこと言わないでくださいよ!」
「据え膳食わぬは男の恥って言うぜ嬢ちゃん」
「わたし女子だから恥でもなんでもないんで」
「武士は食わねど高楊枝なんて今どき流行らねェぜ」
「だから武士でもないっての!」
「どっちにしろ近藤さんみたいのは一発ヤッちまやこっちのもんでさァ」


あとはズルズルのズッブズブ、これもんでこれもんだってのになにをグズグズしてやがんでェ甲斐性なしが、と続くとんでもない声を背中で聞きながら、わたしは無駄な反論を放棄して台所を出た。






「失礼します。です。近藤さん、お目覚めですか?」

呼びかけると返答の代わりにいびきが返ってきた。
ふすまを開けると、ぐるぐる巻きのロールケーキ状態になった布団の中に近藤さんが見事におさまっている。
一人すまき寝相。いったいどうやった。何があった。


「近藤さん、朝ですよ。起きてください」
「ううぅあう……ふごーおおお……ふぬおぉぉぉ……ぬきゃらばりぬぅあああ………」
「近藤さん、寝息妙なことになっちゃってますから。いいかげん起きないとゴリラになっちゃいますよ」
「うごごごごご………ばりんす、ばりんす……代打、俺!」
「なんで監督兼選手なんですか。古田捕手ですか。起ーきーてーくーだーさーいーよー!」


揺すっても叩いてもすまきのまま転がしても一向に目覚めない。
ので、まず布団をほどいて近藤さんをあたたかいすまきから放出する。
転がり出てきた近藤さんはなぜかふんどし一丁だった。今更見なれすぎているので悲鳴の一つもでやしない。
そして裏庭に面する障子戸を明け放つ。

外は銀世界だ。

ああ、こんなに積もっていたのか。雪。
白くて光ってまぶしくて、目が痛むほどだ。

息を吸い込いこむと清冽さに肺が刺されるように震えた。
冷たくて、なんてきれいな空気。


「近藤さん、起きてください、朝ですよ!朝議遅刻したら土方さんにまたお小言もらいますよ!」

畳の上に転がった近藤さんは突然の寒気に目を覚ますより早くくしゃみで反応した。

「ぶえっっっっっくしゅんっっっ!!!!!」
「ほらほら早く起きないと風邪ひきますよ!近藤さん!近藤さーん!」


そばに寄って、今度は軽く頬を叩く。
近藤さんはムニャムニャ、ばひー、とよくわからない声を上げながら両目をぐしぐしこすっている。小学二年、正月休みの男子か。


「うっ……うーん……おなかはまだいっぱいだってばあ………うん……うん……」
「どんなご馳走食べてんですか。近藤さーん!」
「うーん……無理だって、さすがにオオサンショウウオは食べられないって……ちょ、待っ、マジでムリだからそれえええええええ!そんな魚なんだかカエルなんだかわかんないもん食えないからあああああ!!」


いやオオサンショウウオ国の天然記念物なんで。ダメです食っちゃ。
夢の中でなに食べさそうとしてんのわたし。


「近藤さーん近藤さーん!あーさーでーすーよー!」

呼びかけながら一音ごとに頬を叩く手に力をこめる。(すみません)
するとようやく、近藤さんの目が開いた。


「うっ、あれっ…?」
「おはようございます」
「なんで……オオサンショウウオ……俺に……ひどいよ…………うっううっ…うっ……」
「おはようございます。沖田さんに、近藤さんが遅いから様子を見てきてくれって頼まれて、起こしにきたんですよ」
「えっ総悟……えっなに……?……おはよう……オオサンショウウオは……?ねえっ、オオサンショウウオはどこにいんの……?」
「オオサンショウウオはどこにもいませんから」
「どこにもいないなんて寂しいこと言うなよおおおお!あいつらこの地球でせいいっぱい生きてる俺たちの仲間じゃんんんんん!?そんなさ、数がちょっとくらいへったくらいでさ、どこにもいないとかさ、そんなのひどすぎるよぉぉ!」
「あ、オオサンショウウオ天然記念物って知ってたんですね」
のバカぁぁぁぁぁぁ!」


近藤さんはわたしの膝に追いすがって泣きだした。
ふんどし一丁の、筋肉隆々の、この、大の男。
一瞬白目になりそうだったけど、こうなっては反論も正論も今は無駄なので、はいはいは馬鹿ですね、と硬い髪の毛をくしけずるように撫でてなだめる。(馬にするのと変わらないなだめ方だ…)

のバカバカバカぁぁぁぁぁぁ!オオサンショウウオさんたちに謝って!謝ってえええええ!」
「はいはい、ごめんねオオサンショウウオさん、いるよね、ちゃんと、あなたたたちはこの世界に(棒読み)」
「世界じゃなくて地球ぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「同じだろ意味」
「地球ううううう!」
「地球に、いるよね。ね。オオサンショウウオさん」


気が遠くなってきた。
沖田さんのバズーカーで近藤さんとオオサンショウウオごとふっ飛ばされたい気分。


「う……グスっ……って、なんか寒くねえ……?」
「ああ、それは、戸が開けっぱなしですから」
「って戸開けっぱなしだし!」
「いや今言いましたけど」
「いややめてちょっと寒いいいいいいいい!閉めて閉めてきゃー!」


きゃー、じゃねぇよ。


「近藤さんがあんまり起きないからですよ」
「もう起きた起きた!超起きたから早くそこ閉めてえええええ!」


身悶えしてふんどし一丁の己の体を抱きしめる近藤さん。(視覚的にきついな)


「二度寝するから駄目です」
「えっちょっ、もう寝ないってえええ!!もうばっちりぱっちり目ぇ覚めたって!!!!」
「駄目です二度寝するから」
「倒置法ぉぉぉ!!!??倒置法で意味の強調ぉぉぉぉ!!??おおおおお、おーさむっ…………!の目覚ましは手厳しいなあ!」
「これでも一番ソフトに心がけたつもりですよ」
「……なんかお前だんだん総悟に似てくるね」
「心外です」
「あっうそ、怖いその顔ちゃん。うそうそ嘘だってぇ、ちゃんは女の子だもんねっ、総悟の野郎なんかとは違うよねっ、ねっ」


なんなの。わたしどんな顔してたの。
そういえばさっき沖田さんにも鬼女か般若みたいだって言われたっけ。


「すいませんね鬼のような女で」
「? 鬼?」
「さっき沖田さんにも言われたもので」
「なんだ、総悟がまたなんか変なこと言ったのか?」
「いえ、大したことじゃないんです」


言って、自分の頬をつまむ。鬼の顔は、女子としてよくないな。うん。鬼関係は土方さんに任しとこう。

「総悟は素直じゃないからなぁ。まあ、あいつの軽口は大目に聞き流してやってくれよ」
「いえいえ、ほんとに大したことじゃないので。さ、そろそろご飯の炊けるころですから、近藤さんもお支度なさってください。着付け、手伝いましょうか?」
「やあ、お前はそんなことやんなくていーのいーの!」


そうですか?と見るともなしに見ていると実に手早く着物を纏い、袴をつけていく。なるほど手なれたものだった。
ここまで支度を進めればよもや二度寝の心配は無用だろう。
開け放ったままにして置いた障子戸を閉めようとすると、

「おー昨晩の雪がこんなに積もったかあ。道理で、冷えるわけだ」

着付けをすませた近藤さんが隣にひょこりと並んだ。

「もう、冬ですからね」

とくに感慨をこめたつもりはなくうなずいたのだけれど、近藤さんは、あっ、という顔をした。
わかりやすい人だ。


、その、あーと、うん、そう、冬だな。なんだ、その、平気か。冬は」
「ええ、平気です」

たどたどしい問いかけの心遣いに内心頭を下げながら答えると、近藤さんは、ぱっ、と日が照ったように笑った。
愛すべき人だ。


「そうか!それはよかったなあ!うんよかった!」
「近藤さんのおかげです」
「へっ」
「近藤さんのおかげで平気になったんですよ」


からかい混じりに本音をこぼすと、へー……と呆けた顔で頬をかいている。


「俺のおかげかあ……俺お前になんかしたっけ?」
「しました」
「えー覚えてないなぁ……なんだっけ?」
「覚えてなくていいですよ」
「え、そお?じゃ、ま、いっかあ」


ははは、と近藤さんが大きな口を開けて大きな声で笑う。


「ありがとう、近藤さん」
「んー?うん、よくわからんが、どういたしまして!!」


大きな口で、大きな声で、近藤さんが笑ってくれる。
それがどんなに人を救ってきたのか、きっとあなただけが知らない。






雪晴れ






「あとで雪合戦でもしましょうか」
「おおいいなぁ!!!新撰組を上げて総出でやろう!!!」
「じゃ、その前に腹ごしらえとしましょうか。朝ごはん、じきにできますから」
「えっオオサンショウウオ!!!?」
「……ええ、オオサンショウウオ。今朝は煮つけにしてみました」
「うそぉ!!!!??」