自分のこと、ほんの少し天才って思ってた。
努力したら実力ついたし、運もついてきた。ラッキーラッキー言ってたらほんとにラッキーな感じに人生回ってきた。笑う角には福きたるってあれマジ。
俺天才幸運ついてる最高人生愛してる!
でも本当は努力だけじゃラッキーだけじゃ勝てないってずっと知ってたよ。
びびってたのは負けることじゃなくて、ばれることだ。「ここまでの奴だ」って。だってそんなの、わかるっしょ。自分のことなんて。自分のことなんで。


だから俺、もうここいらで。







椿・クチナシ








「今なんてった千石」


目をまん丸にして口を開けてたっぷり十秒後にそのセリフ。だと思った。わかりやすい。わかりやすすぎる。うちの部長はいつも。


「え? だから、俺テニス辞めるよって」


南は同じ言葉をくり返した俺にまだぽかんとしている。

二月。登校日の最後に久しぶりに部室に集まって「高校行ってもまたテニス漬けだなー短い休みだったぜ」「しかもわたしら同じ学校だしね。あんまし卒業って感じもしないね」なんつって今話してたとこで。
空気読めなくてごめん。でもここで言わなきゃずるずるまた君らに3年間つきあっちゃいそうだから。

「ぽかん」から「いらっ」に変化したのは南の隣のちゃんのほうが早かった。だと思った。君はいつでもけっこう利発。いつも気持ちを読まれそうで俺はいつもヒヤヒヤしてる。今も。でも今度だけはどうか気づかないでいて。今度でおわりだから。ね。


「千石、辞めるって本気?」
「うん」
「いつから考えてたの?」
「うーん? なんとなく?全国も出れたし、3年間楽しかったし、もう悔いないし、いっかなーって」


ヘラって笑って。どうだい俺は馬鹿そうだろう。何も考えてないように見えるだろう。飄々として見えるだろう?
ラッキーなんっつって占いの本なんか読んじゃったりして女のコなんか大好きさ!


「お前……本当に?マジなのか?」


南はまだ「ぽかん」だ。南っていいなぁ。南のそういうとこ本当好きさ。変な意味じゃなくて。 君が南と付き合い始めたとき、君は見る目がある!て本気で思った。君はいつでも利発で聡明。聡明はちょっといい過ぎかな。惚れた欲目かな。まぁいいか。


「マジマジ。やだなぁ、何ショック受けちゃってんのさ南!」
「だっておま……なんで?お前、だって……まだまだこれからだろ。お前には才能だってあるし、高校だってテニス強いとこ選んで……」
「いやそれは普通に家から近かったから受けただけ。南とちゃんもいるしさ!」
「じゃ、なんでテニス辞めるとか言うんだよ」
「つか俺高校でもテニスやるって言ったっけ?言ってないよね」
「……けど、テニス部見学したろ。いっしょに」
「あーした。まあ、ちょっと悩んでたけどさ。やっぱりいいかなぁって。高校では遊びたいしさー俺」


ニシシと笑ってヒラヒラ手を振ると、南はちょっと怒ったみたいに拳を握った。殴んのはやめてよ南。殴られたら殴っちゃうよ俺。南のことすげーいい奴と思うけど、一発ぐらいはいつも殴りたいって思ってるんだよ俺。俺の方がずっと前から好きだったのに。テニスも君も。あーあ。


「テニスが嫌いになったわけじゃないんでしょ?」


ちゃんは冷静だ。冷静に怒っている。こわい。けど俺を見てる。きっとこれが最後になる。顔を合わせる機会なんてこれから何度だってあるけど、嘘をつかない俺を見てくれるのは、きっと最後。




「好きだよ」




テニスも君も。
だから



「辞めるけどね」



君の目に見られながら嘘をつくときはいつもヒヤヒヤした。
だけど本当のことを言うときはもっとヒヤヒヤする。どうしてこんなに後ろめたいんだ。
言い訳のように言葉をダラダラと継いだ。



「辞めるときはきっぱりさっぱり辞めたいんだ。潔く?ほら、椿?椿みたいにボトッて首から落ちるみたいにすぱって。後腐れなく未練なく」


部室の窓から校門まで続いてる椿の生垣が見えてる。雪に木の根を埋めてる真っ赤な花。あれ、昔の武家なんかでは花の落ち方が首切りを連想させるなんつって嫌がられたってどっかで聞いたっけ。
あれがいい。
誰かに「俺はここまで」だってばれるより先に自分で自分の首を落としたい。
才能があるって?南。そりゃ君よりはあるかもね。少しはね。けど上を見なよ南。すぐにわかることだよ。
だって亜久津は?手塚くんは?不二くんは?越前くんは?跡部くんは?忍足くんは?真田さんは?幸村くんは?それ以外には?あとは?あとは何人?俺の上には何人いる?
正直がんばって届く相手じゃないんだよ。それがわかるくらいには俺にも実力あるんだよ南。
けどやってたらどうしたって勝ちたくなるよ。負けたら泣くほど悔しいし。神尾くんに負けたときマジで俺泣いたしね。それ君に見られたしね。だっさ。
それに、また3年間君たちのそばでじっと我慢の子してるのもキツイし。


「後悔はないの?」


なんで君ってそんなこと聞くのかね。
後悔なんて、



「ないよ」



ないわけないよ。



「……千石が、それでいいって言うなら」



君は俺を見てる。うそつきとなじられている気になる。その目で、その言葉でもって俺の首を落として。痛みもないほど鮮やかに。一瞬で、未練と可能性を切り落として。達人の切り口で。



「そうしたらいいよ」




お見事。



「うん。ありがとう。じゃ、俺もう行くね。雪ひどくなってきたし。2人も気をつけて帰んなね?じゃ、卒業式で!」


ヘラヘラと俺は出ていく。外は雪だ。


「千石!」て南の声。


無視して俺は歩く。校門に続く椿の生垣をけりながら花を落としながら歩く。
潔く美しく。そんなの糞喰らえだ。
汚くても醜悪でも、しがみついていればよかったのに。
椿なんて糞だ。才能なんてなくても、好きなことに一生懸命で最後まで努力して。
なんでそういう風に生きれなかった?
南みたいに。
茶色く萎れてもまだ匂いを残して咲くクチナシみたいに。
ああ俺はなりたかったのに。





















(それでもまだ姑息に頭の奥で今日の夜「うっそぴょん。テニス続けるよびっくりした~☆?」なんてメールしたらもう一回何かできるんじゃないかなんて思ってる。それとも君に「好きでした」なんて送ったら)(送ったら……)(送ったら?)(俺、いじらしい)