「なん………っだこれ――――――!」


絶叫したのは体育祭当日の朝。
くばられたパンフを手にわたしは教室を飛び出した。







スピード・スター







「神尾!」


教室からグラウンドへ廊下を移動するジャージの群れの中に奴を見つけてその背中を蹴りつけた。

「! 何すんだ! テメェ!」
「お前こそ何すんだ――――――――!」
「何もしてねぇよ!馬鹿!(被害妄想女!)」
「これを見ろ!」
「これ?……って体育祭のパンフじゃねぇか!これが何だってんだ!(クソッタレ!)」


わたしは顔をゆがめる神尾にパンフの1ページ目を広げて見せた。


「ここ!」
「ああ?……徒競走第10走者神尾アキラ……」
「つぎはここ!」
「……借り物競争第2走者神尾アキラ」
「おらとっとと読みやがれ!」
「障害物競走第9走者神尾アキラ………………………」
神尾はそこでようやく(ほんとにな!)ああ、とうなずいてニヤリと笑った。(キモ!)
「これがどうかしたかよ?」
「どうかしてんのはお前だ!」
「お前だろが!わけわかんねぇ!」
「あんた何、二人三脚以外の種目全部に出てるわけ!?」



二人三脚は神尾が速すぎて大抵の女子では二人三脚の相手にならないからだ。わかってる。
去年はわたしがペアを組んでぶっちぎり優勝した。不動峰のゴールデンペアとかそのせいで呼ばれたんだ。(超メイワク!)
聞きたいのはそっちじゃなくて、ていうか聞きたいわけじゃなくて、そう、糾 弾 し た い。


「出てくれって言われたからだ!」
「嘘をつけ!このスター気取りがっ(ぺっ!)」
「(ぺって!)唾吐くな!」
「どーせ体育祭の主役は俺だゼっ!とか思ってんだろ!リズムに乗るぜっ!とか言ってんだろ!」
「(うっ)言ってねぇよ!知るかよ!だいたいな、お前去年は同じクラスでボンボン振ってリズムに乗れよ!神尾☆とか言ってたじゃねーか!」
「知るか!大体お前一人全種目エントリーってありえんでしょ!空気読め!これは学校行事だ!」
「頼まれた空気を読んだんだよ!4月っからずっと実行委員に目ぇつけられてるこっちの身にもなれ!」
「あああああああ………目立ちたがりの神尾のせいで今年のうちのクラスの優勝は儚いものと散ったわけネ☆」
「キモいのはどっちだ!語尾に☆とかつけんな!」
「け!そんで今年もかっこいい俺を杏ちゃんに無事アピール☆ってわけネ!おめでとー!おめでとー神尾☆自分が杏ちゃんに鼻クソほども気にかけてもらってないとも知らずに!ぎゃっはっはっ!」
「(こんちくしょう……!)……、お前最終種目の男女混合リレーアンカーだろ」
「そうだけど……(は!)」
「(ニヤリ)楽しみにしてるよ」
「そんな卑怯な!こんなわたしがキモいあんた相手に何ができるって言うの!」
「そんなお前ならせいぜい周回抜かしにされて恥かく程度ですむだろーよ!だっはっは!」
「(そんな……!)アアーン☆待ってキャミオー☆」
「(キモ……!)」
「待ってってばー!(くっ……)神尾……!わたし、わたし今まであんたことさんざんキモいって言ってたけど……実は神尾のこと、好きだったの!(嘘だけど!)好き!大好き!」



背を向けた神尾に大声で見え透いた嘘をつくと、いつの間にか廊下に二人っきりになっていたわたしたちの辺りを沈黙が包囲した。
返ってくるはずの神尾の「キモいんだよ!」という声はなく、グラウンドから体育祭の開始を告げる鉄砲の音が鳴り響いた。



神尾が(なぜか)ゆっくりと振り向いた。


が、顔の大部分を覆う髪の毛に隠されて、その顔が脱力しているのか呆然としているのかはたまた赤くなっているのかはわからなかった。





位置について、とアナウンスが聞こえてくる。



よーい。







「………………………………………………………髪、切りなよ」




すぐそばで鉄砲の音が聞こえた。