「」 校門にさしかかったところで名前を呼ばれた。穏やかないい声だった。この声で呼ばれると自分の名前が実質よりも上品でいい匂いがしそうな物に聞こえる。 振り向くと白石が校庭を横切って走ってくるところだった。 「、まだ残ってたんか」 「うん、委員会遅くなって」 「そらご苦労さん」 「そっちは部活? みんなは?」 「帰った。俺だけ監督に提出物あって遅なってん」 「置いてかれちゃったんだ」 「せや。みんなして薄情な奴らやろ」 「白石大丈夫? 実はハミにされてない?」 「ニヤニヤして聞くなや。ほんまにそうやったら俺泣いてしまうわ」 「白石の涙。それは見てみたい」 「こわいなぁ、」 軽口を叩き合って並んで校門を越える。 「ほんまはこの後金ちゃんちでたこ焼きするんよ。今頃みんなその仕込みしとるはずや」 「たこ焼き? パーティかなんか?」 「そう。三年の追いだしパーティ。という名目でもう今週三回目。ただ騒ぎたいだけ」 「仲いいなぁテニス部。引退式っていつだっけ」 「式ちゅうような大層なもんやないけど、来週頭」 「そっか。白石の長かった部長生活もおわりだね。さみしい?」 「なんやまだ実感ないなぁ。ようわからんわ」 鷹揚に首をかしげている。 白石とは1年から3年間続けて同じクラスの付き合いで、男子では一番仲のいい友達だ。 2年で部長になって走り回ってた白石や、何やらすごい新人らしい金ちゃんという1年生の面倒に追われる白石をけっこう近くで見てきたと思う。 けどどんなに忙しそうな時でも白石が疲れた顔で機嫌悪くしてることころはお目にかかったことがない。 体は忙しくても心はそれに巻き込まれないというか、この3年間白石の情緒はいつも安定していた。ようにわたしには見えた。 それはクラスメイトの立ち位置から見える外側の事情で、果たして白石が穏やかな声と顔の下で何を思っていたのかはうかがい知れないけれど。 「んちこっち?」 ぼんやりしていたらすっと目の前に白石の手が上がった。わたしの帰路を指している。 「あ、うん」 「ほな送ったるわ」 「え、いいよ悪いよ。この時間じゃまだ別に大丈夫だし」 「ええて。行くで」 「みんなたこ焼きパーティの支度してるんでしょ? 遅れたら悪いよ」 「みんな騒ぎたいだけ言うたやろ。先にはじめてるわ。心配いらん」 「いやでもほんといいよ」 遠慮でなく本心で言ったのだけど、白石はひらひらと軽く手を振って、 「こういう時は男に格好つけさすもんやで」 「お、格好つけたい年頃なんですか白石くん」 「そうや。絶賛思春期マンキツ中やからな」 「……じゃ、お願いします」 「はい頼まれました」 そして並んで歩き出す。 白石の行動は何というか、何をしても自然に滞りなく水が流れるように当然の顔をしてスマートに決まる。 得なんだか損なんだか。 「そういえばこの間、梨野くんにも送ってもらったなぁ。男子はみんなこの時期格好つけたい年頃なんですかバイブル」 「ナチュラルにバイブル言うな。梨野くんてサッカー部の?」 「そうその梨野くん」 「ほーう。梨野くんに気があるんちゃうん。やるやないか」 「いや、全然そういう感じではなかった。幕張の話ばっかしてた」 「幕張? 昔ジャンプでやってたあの伝説のギャグ漫画の?」 「そー」 「……そら脈ないかもしれんわな」 「いや別に梨野くん狙ってないからいいんだけど」 「はー、しかし送り狼いう言葉もあるくらいやから、こんな暗い夜道で誰にでも横歩かせたらあかんで」 「送り狼ねぇ」 お母さんのようなことを言う。 白石は心配性なのだ。 「梨野くんはへーきだよ」 「梨野くんは平気かもしれんけど」 「そんなに誰にでも送ってもらえるわけじゃないから大丈夫だよ」 「そんならええけど。遅なった時はちゃんとおうちの人に迎えに来てもらうんやで」 「……白石、心配性だなぁ」 思わず笑ってしまった。 こまやかすぎる。 「あんなぁ、笑っとるけど女の子に何かあってからじゃ遅いからな。心配してしすぎいうことないわ」 「はいはい、ありがとうございます。でも送り狼って言葉は古いなぁ」 「言葉に古いも新しいもないわ。男は狼やねんぞ」 「白石は狼って感じはしないよねぇ。肉食ぽくはない」 「そら牙を隠してんねや。俺は優しい狼やからな」 「優しい狼ねぇ」 「せやから信頼してええよ」 「信頼してますよ」 「はええ子やなぁ」 にこにこと白石が穏やかにほほ笑む。白石といっしょにいると場の空気が安心という支柱で一定に保たれる気がする。 決して傷つけられないし、こっちが間違って傷つけてしまうこともないバリアの中で交流できる。居心地がよくてとても楽。 「白石バリアだ」 「は? なんか言うた?」 「白石といっしょにいると落ち着くなぁと思って」 「安心と信頼をあなたに。真心の白石堂」 「何のお店それ」 「さあ。愛でも売ろうか?」 「お金で買えるの」 「いや、愛でしか買えんねん」 「愛を愛で売って商売なりたつの白石堂」 「そやなぁ。ほんなら店仕舞いといこか」 ちゃんちゃん、と口で言う白石がおかしい。 こういうところが顔も性格もいい白石がそんなにモテない理由だと思う。どっか斜めにずれてる自分を真上から見下ろして、ああずれとるな、て誤差を掌握して笑ってるようなところ。 たらたら歩いていると目の前の道路を我が物顔で闊歩するもったりとした何がが横切った。 「あ」 夜道に黒色でよく見えないが、 「猫やな」 「すごいデブ猫だ!」 「かわええなーエサぎょーさんもらとるんやろなぁ」 「ノラかな」 「っぽいけどな。どやろ」 「白石んち猫飼ってるんだっけ」 「せや。ジャックさんな」 「ジャックさん?」 「俺より年上やねん。せやからジャックさん。喧嘩無敗の生きる伝説やねんぞ」 「バイブルの飼ってるレジェンドですか」 「日常生活でバイブル言うなて」 「ジャックさんいいなぁ。わたしも猫飼いたいな」 「も猫好きやったんやな。今度見にくるか」 「え、ジャックさん?」 「最近は隠居して随分なるからあの人も大分丸なったで。若い女の子が好きでなぁ。来てくれたら喜ぶわ」 「いいの? 白石のおうちがいいなら行きたい。ジャックさん会いたい!」 「ほんなら今度段取りつけよか」 「ぜひ!」 「せやからあの猫追っかけんのはやめとき」 言われてハタと我に帰る。 無意識の内に白石との距離が大分開いていた。 「……………………なぜわかる?」 「わかるわ。なんや目ぇキラキラしてんもん」 「…………白石、かの有名なアニメ映画に猫の後をつけて新たな出会いを果たすシーンがあるの知ってる?」 「知っとる」 「何やら冒険の匂いが。あの猫デブ猫だったし。映画と同じ」 「ちゃうのはあれは昼間で今が夜やっちゅーところやな。やめとき。金ちゃんやないんやから」 金ちゃん=こどもか。 そこまで本気で猫の後をつける気はなかったけど、同い年に年上顔でこうもピシャリと言われるとは。 思わずぶーたれる。 「あーあ。あの猫の先に素敵な男子との出会いがあったらどーすんのよーもったいない」 「素敵な男子なら目の前におるやろ」 「わあほんとすてきー」 「スンマセン棒読みやめて下さい」 「やーまあ、ほんとのところ白石はかなり素敵な男子だと思いますけどね」 「けど何やねん」 「けどねぇ」 「何やっちゅーんじゃ」 「エクスタシーとか言うからなぁ」 「ハハハ!そこか!」 俺がモテへん理由はそこかー、と納得して一人爆笑している。 試合の時のあの口癖もたしかにその一因ではあるだろうけどね。 「あれなんなの?」 「まー元は部活の内輪ネタちゅーか……大した話やないんやけど。説明すると寒い」 「ふーん」 「けどもうクセやなー」 「白石はほんとテニス部好きだねぇ」 「好きちゅーか、何やろ。もうあってあたり前ゆーか。俺らほとんど部活するために学校来とったようなもんやしなぁ」 「ふーん。帰宅部にはその感覚わかんないなぁ…………あっ」 「どした」 「今日って木曜?」 「たしかせやったな」 「今日欲しい本出るんだった! 忘れてたー。あー」 「残念でした。明日にし」 「……うー」 「本は逃げへんよ」 「……今から行っ」 「あかん」 わたしがそう言いだすのを待ち構えていたように白石がピシャリと言いさした。 「……だってすごい楽しみにしてたんだよ発売日ー! 読みたい!」 「寝て起きたらもう朝やん。そしたらすぐ読める」 「寝る前に読みたい!」 「駄々こねんの」 「……白石ー」 「あかん。帰るで」 「白石先に帰っていいから」 本屋なんてここから10分歩けば着く距離にある。すでに心は本屋だ。 ジリジリと白石から距離を取る。 「あのな、何のためにいっしょに帰ってると思ってんねん」 「……いやそれは………ごめんね☆?」 「星つけても色つかんで」 「うまい!」 「うまないし。おだてても無駄」 「……しーらーいーしー」 「あかん。いっしょに帰るんや」 「なんで!」 「心配やから」 「……白石ー、心配しすぎだよ」 「そうや。俺は大した心配性なんや。頼むから俺を安心さすためにいっしょに帰ってや、」 その物言いは穏やかで、少しだけ弱ったように笑った白石がわたしに手を伸ばした。 何だかそれを無碍にすることは許されないような空気に促されてわたしは渋々その手を取った。 「ほな帰ろか」 唐突に、ピストルの銃口を突き付けられたらこんな感じかな、とふと思った。いやそんな物騒なものは白石とは似ても似つかないんだけど。 絶対に人を傷つけない、火花と音だけ上がるおもちゃのピストルで優しく柔らかく「さあ手を上げて」と指令されているような気が少しする。 威圧感も恐怖もないのに従いたくなるような。 武力でなく微笑み一つでそうさせるのを人の魅力とかって言うんだろうか? わかんないけど、白石にはそれがある。 「……つまんないの」 「つまらんくても我慢しい」 訊きわけのないこどもにする口調で言って、また少し笑う。 わたしは「ちぇー」と芝居じみた仕草でそれに応じる。 一瞬だけ掴んだ白石の手は、いつ離れたかわからないほど自然に元に戻っていた。 「……白石はさー」 「うん?」 白石は。 続く言葉が胸で渦巻く。 明確な形を持つ前に流れて消えて血の中に紛れてまた体を巡る。 「俺がなんやってか」 「白石にはさ」 白石には。 「手を上げて」、「よくできました」と声をたてずにひっそりと笑って、知らない内に躾けられている気がたまにする。 まるで走って囲んで羊を誘導する牧羊犬。 白石には「ここで」「どう」する「べき」かの正解が正しく見えていて、時折そのサークルの中にわたしを導く。 迷わないよう、痛い目を見ないよう円満な世界を囲って守る白石はたまに呼ばれる二つ名がたしかによく似合う。 聖書と書いてバイブル。 この世のあらゆる正解を熟知する。 白石には多分、物事のあるべき姿が見えている。 わたしには見えない世界のルールや、正解のガイドライン。 人生の旅路で間違いそうな道連れがいると優しく柔らかく隠し持ったピストルでそれを知らせて軌道を修正させるのだ。 火花と音だけのおもちゃのピストルで。 決して人を傷つけることのない優しい弾丸は一体何でできているんだろう。 「どした? どっか痛いんか」 「……あ、ごめん何言うか忘れた」 「ほな思い出したらまた言いや」 「……うん」 「それにしても、猫おっかけようとしたり寄り道する言い出したり、は意外にやんちゃやから心配で目ぇ離されへんわ」 「こっちこそ」 「うん?」 「こっちこそ心配だよ」 「なにが」 「………白石は」 「俺は? ……さっきからこればっかやっとるな俺ら」 白石がまた少し笑う。 白石。 人の心配ばかりしている君が描いた歪みのない正しく円満なサークルが、いつか白石自身を追いだしてしまう気がする。 それを知りながら君が君の手にした聖書にのっとって疑いなく世界の正解を引き当て続ける姿が目に浮かぶ。 それが不安。とても心配。 そう言ったら白石はびっくりするだろうか。 見当違いで的外れの杞憂だと笑うだろうか。 それともただ黙ってたしなめるような視線でわたしを見るのだろうか。 けれどこの気持ちを言葉で伝えるにはわたしにはまだ足りないものが多すぎた。 「……心配のしすぎで早死にしそうで心配」 びびった声帯から出た声は震えていた。 白石はそれに上手に聞かないフリをして軽く笑った。 「アホやなぁ。なんて心配してんねや。俺むっちゃ健康には気ぃつこてるし、長生きするっちゅーねん」 「……いつも部活で問題児たちに苦労ばっかしてるくせに」 「あれはちゃうって。面倒見てもろてるのは俺のほう。俺あかんねん。人の世話してあれこれやっとかんと落ち着かんちゅーか。性に合うてるんよ」 「……じゃ、部長は天職だ」 「ほーや」 「……そっか」 「そーや。考えすぎや」 不安でささくれたわたしの表層を穏やかになだめて平定する。 それが性分だと言われればそうかと言う他ないのだけれど。 白石がバイブルと呼ばれる理由は明白だ。 チームのために完璧な試合をして確実に一勝をもたらすのが白石のテニス。教科書通り寸分の狂いもないから生きるバイブル、とはちょっと大仰だけどたしかによく言ったものだ。 基本に完璧なテニス。完璧なんてつまらんけどな、と言いつつ白石はそれを実践する。 けれどこの夏うちの学校は負けてしまった。白石は勝ったけれど負けてしまったのだ。 団体戦だからそういうこともあるのは当たり前。 けど、なら、それなら。 「白石」 「うん?」 胸に今ある言葉を白石の目の前に出すべきか腹に仕舞うべきか一瞬迷う。 出した言葉は耳に届けばなかったことには決してできない。沈黙は金という言葉は失敗しないためにはとても正しい格言だと思う。けれど失敗しないということは、成功するという意味ではない。 要は度胸だ。 言葉に覚悟が持てるかどうか。 ひょっとしたら相手を傷つける可能性を持つ言葉を、リスクを知りながら発することを謝らない覚悟。 居心地のいいバリアを破る覚悟。 「……なんや、怖い顔して。どないした。ほんまに腹でも痛いんか」 傷つけたら、ごめん白石。謝らないけどごめん白石。 「白石も好きなことをしていいんじゃないの」 「……ん、せやから充分してんで」 「好きなテニスをしていいんじゃないの?」 「……そらまあ、しちゃあかんて言われてるわけではないな」 「チームのために自分がつまんないと思ってるテニスをするんじゃなくて、自分がやりたいテニスをやりたいようにやればいいじゃん」 「やりたいようにやっとるよ。自分で決めたことや」 「……うん」 そうなんだけど。それは正しいんだけど。 「……はなんも心配することないで」 わたしの頭に軽く手を置くこの手は、多分本当に正しい答えをいつでも選び取ってきたんだろうけど。 「…………白石」 その正しさに意味はあるの? そうまで正しくあることは君に何をもたらすの。 「? 何泣きそうになってん」 「……なんかむかつく」 「えええ。何がお気に召さんのや、このひーさんは」 「ふざけないでよ」 「ふざけてへんよ。滅法本気や」 目を上げると白石が笑顔を消していた。それでまた少しびびる。けれど隠して先を問う。足りない度胸は勢いでカバーだ。 「……なにが本気」 「本気で笑うから楽しい。本気で笑わせるから楽しい。負けたら本気で悔しい。せやから本気で勝負する。練習もする」 「……うん」 「俺は勝ちたいんや、。それと同じくらい笑いたいし、笑わせたい。部員の奴らには好きにやっててほしい。あいつら楽しそーやと俺もめっちゃ楽しい。あいつらは楽しくやっとる時がいっちゃん強いし。そんでみんなで勝ちたい。それが俺の望みなんや」 「……うん」 「せやからなーんも、が不安になることないんやで」 大き目な声で明るく閉めて、背中を軽く叩かれた。 ほらね。 白石はこうしてわたしをあるべきサークルの中に実にスマートに誘導する。 白石の言葉には力があって隙がない。 強くてとてもかなわない。 きっと今わたしが言ったことなんて白石の胸の中で何度も反駁してやり取りされた質問と解答なんだろう。 そのたび白石は手にした覚悟を鍛えてきたに違いない。 白石は全部承知している。自分が正しいことも。それが多分ちょっとアホだってことも。 わたしは今更で余計なことを言ったのだ。 だけど謝らない。その分恥をかくリスクはしょってる。 でも、 「白石なんてまだ若いし」 「うん?」 「これからどんどん変わっていくよ、絶対。完璧なんて言ったってこの年で完成なんてするわけないんだから。今の考えも今のテニスもどんどん変わって、きっともっと強くなるよ」 「……褒められとんのかな?」 「ていうか、期待してる。白石がもっと強くなって、もっと面白くなって、もっと笑えることに」 「…………サンキューな、」 別に、とわたしは返した。 言いたいことを言っただけなのだ。多分。白石のためじゃない。ああ、そうか、だから白石もそういうことなのか。 チームのためだ、勝利のためだと言ったとしても、そうでなくても、行動するということはすべてそうしたい自分のための行動。 望み通り、選んだ通り。生きてる限り、そうするだけか。 「応援してるよ。白石のこと」 「ああ。ほんまにおおきに。力になるわ」 口を横に広げてニッと笑った白石は何だか泣き出しそうだった。でもそう見えたのはただのわたしの感傷かもしれない。 「ほんなら、ここで」 いつの間にかにわたしの家までやってきていた。 軽く手を上げる白石を見ながら門扉に手をかける。 「送ってくれてありがとう。白石も気をつけてね。たこ焼きパーティ、みんなによろしく」 「おう。また明日な」 踵を返した白石の背中を見ていたら、何だか今更、余計なことをさせてしまったことと言ってしまったことで胸がざわついた。 何か、何かもっと別の言葉であの人を応援することはできなかったのか、わたし。 もどかしい思いのまま、気づいたら声を出していた。 「ねえバイブル!」 「せやから普通にバイブル言うなて」 ずっこけながら白石が振り向く。 「笑わせたモン勝ちなら、白石も本気で笑ってよ」 「……俺そないに笑ってへんか?」 「普通にはよく笑ってるけど。もっと本気で」 「もっとか……」 「本気で戦って勝って、本気で笑って。そしたらわたしも本気で笑うからさ」 「いっつもよう笑ってんやん」 「普通には笑ってるけど。もっと本気で笑えそう。そんで、それって楽しそう」 「……お前笑かすのは随分疲れるんやなぁ」 「本気って難しいよね」 「ほんまにな。お前のは特にな」 「でも本気のほうが楽しいんだよね?」 「せやな。間違いないな。……ほな、まぁ、がんばるから見とき」 「うん。見とく。白石が本気で笑ったら多分、あれだよ」 「なんや」 「えーとほら」 「うん?」 「国と力と栄とは、限りなく汝のものなればなり、だよ。モッテモテだよ」 咄嗟に口にした言葉はバイブルからの引用だ。彼の手の中で開かれるのを待つ言葉。 白石が目を丸くした。してやったり。わたしは会心の一打を食らわせたような気分になる。 お前ほんまかなわんなぁ、と苦笑して、 「アーメン、か」 白石は小さく祈りの言葉を口にした。 |