「俺、性格悪いからなー」 動かす手に目を落としたまま一氏が急にそんなことを言ったのでどきりとした。 「…え、何言ってんの、誰もそんなこと言ってないじゃん」 「いやいや、そーなんやって」 淡々と重ねる一氏にこちらはやや面食らうけど、とりあえず「ふーん……?」と意味のないあいずちを返した。 そして今しがたのやり取りを思い出す。 「うわ一氏、字ヘタクソだねぇ」 そうわたしがからかって笑ったら「俺、性格が悪いからなー」という返球がかえってきたのだ。 つまり……? 「性格悪いと字がヘタなの?」 「ん? やって見てみい、この数字」 一氏は開いた日誌をわたしの目の高さに持ち上げて親切に自分の文字を指し示す。 6月14日。 「な」 「な、って……」 「ゆがんでるやろ、数字」 「そうね」 利き手の逆で書いたような、とまでは言わないが小学1年から今まで書き続けてきた数字とは思えないほど線がぶれている。 「普通に書いてるだけやのになんでかこんなんひしゃげよんのよなー」 それをコンプレックスに思うという風でもなくいかにも客観的に一氏は自分の文字をしげしげと眺める。 「多分性格悪いからやろ」 「や、性格は関係ないでしょ。そこのところの飛躍がわかりません一氏さん」 「やってこの字、あきらかに性格ねじまがった奴が書きましたーて顔してると思わへん?」 数字に顔。 こういうこと言うのってこの人らしいなぁ、とは思うけど、一氏の書いたゆがんだ数字を見て性格が悪いとは 「全然思わない」 「ええー」 「だって字より先に一氏のこと知ってるからさあ。ただ一氏の書いた字なんだ、ヘッタクソな字書くんだなーって思うだけだよ」 「ふーん。ほーか」 「…ていうか一氏、自分のこと性格悪いとか思ってんの?」 「あン? あーまー。せやな、よくはないんちゃうん」 だらだらとどうでもよさそうに一氏は日誌のコマを埋めていく。 相変わらずそこにコンプレックスを責める自虐臭はみじんもない。 なのでこちらも出方に迷う。 そんなことないよ!とか言ったら「はぁン?」とかうろんな目で見られる絶対……。 「……まーでもそんなこと言ったらわたしも別に性格いいわけではないしなぁ」 「ハ? 何図々しいこと言うてん。はめっちゃ性格悪いで」 「えっ!」 「嘘やって」 「…え?」 「ジョーダンジョーダン」 「……笑えない冗談は冗談として成立しませんよ」 「はいはいスンマセンー許してつかーさいさんー」 下唇を突き出してだらだらと一氏は日誌を書き続ける。 …なんだか今日は変なテンションだなぁ。 機嫌が悪いのか落ち込んでるのか眠たいだけなのか。 一氏は気まぐれなんだ。 「なん?」 「……ん?」 「じぃぃぃぃっとエローい目で見つめよってからに」 「エロいって」 「取ってくわれそーでこわい」 「食ったら腹こわしそーでこっちがこわい」 「ま、ホモやからな」 「急に直接的な言葉つかわれるとギョッとするなー」 「なんや今更」 「ですけど。そーですけど」 「あー、今ここにおるのがお前やなくて小春やったらなー」 「そらすいませんね。うんやっぱ一氏性格悪いかもね!」 「せやろ?」 なんでそこでニヤって笑うんだ。 「やから俺は性格が悪いんやって」 そんでなんでわたしは今ちょっと悔しくなってんだ。 「……やっぱ嘘。一氏むっちゃいい奴大好き。いっしょに日直やれてちょー楽しい」 「棒読みにも程があるで」 「いやでも楽しいのはホント」 「ほー」 「ほんとほんと」 「ほんならそれだけもらっとくわ。ごっそーさーん」 ホイ、と握っていたペンを手放しイスを鳴らして一氏が立ち上がる。 「部活?」 「やーっとこ小春に会えるわ。ほしたらまた明日。さいなら」 「また明日。あ、一氏」 「んー?」 首をひねって振り向く一氏は性格は決して悪くないけど目つきが悪い。 なんか文句あるんかいコラとでも言い出しそうな同級生に 「怪我に気をつけてがんばって」 当たり前のエールを送る。 一氏はフン、と鼻を鳴らして 「とーぜん」 芝居じみた仕草で手を腰に当て一見優雅に歩き出す。そしてそのまま教室のドアに見事にぶつかるお約束をやってのけ、平然と廊下へ出て行った。さすが。ベタは基本の芸人魂。 さて、わたしもこれを出して帰るとしよう。 手元の日誌を見ると一番最後の「お互いの日直相手へ一言」と相手へ書きこむメッセージ欄に3と9の数字が並んでいた。 「サンキュウ…?」 一氏の書いた数字はやっぱりひしゃげていて、まるでこちらを見て笑ってるみたいだった。 笑ってる一氏は馬鹿で楽しくてわたしは好きだ。わたしのことも馬鹿で楽しくさせてくれるから。 どういたしまして、と呟きながら「39」の数字の下に「115 115」と書いて日誌を閉じた。 さて、帰ろう。 テニスコートをひやかしながら。 |