弁当いっこじゃ足りねえから足りねえと言ったら、「二つも作ってらんないわよかーさん仕事してんだから」と千円札を一枚渡された。 それで2日は持たせなさいよ!ときつく言われた。ババァ。 「楓!今なんて言った!?」 「ちっ(地獄耳)」 二日で千円、一日五百円。 一番効率よく腹にたまるのは………… 「から揚げ弁当(一個270円)、二つ」 ほか弁だ。 「から揚げ弁当二つですね。少々お待ちください」 学校までの道すがら弁当屋があった。 注文カウンターが道に面している。これは楽だ。チャリに乗ったままイヤホンだけ取って注文する。 弁当ができるまでに少し時間がかかる。店の奥から揚げ物をする音がする。 注文を取った店員は店のななめ前の植え込みのあたりに目をやって気にしている。振り返ると植え込みの根元に猫が二匹こっちをうかがっていた。トラ模様と三毛。 食い物屋から出るゴミを狙ってるのか。そのせいなのか二匹ともデブだ。 「お待たせしました。から揚げ弁当二つになります。おいしく召し上がれますように!」 店員がにこにこ笑って差し出すビニール袋を手に取る。匂いを追ってか猫二匹、四つの目が俺の手元を追いかける。 「ニャー」 (…………やらねぇよ) 俺の飯だ。 イヤホンを耳につっこむ。チャリをこぐ。すぐにトップスピードに乗る。 眠い。もう腹が減った。 翌日も同じ弁当屋に寄った。カウンターの前で急ブレーキをかけてチャリを止める。乗ったままイヤホンを外す。 「から揚げ弁当二つ」 「から揚げ弁当二つですね。少々お待ちください」 から揚げ弁当はうまかった。値段の割りに量もあった。今日も食う。 店員はたしか昨日と同じ女だった。今日も斜め前の植え込みを覗いて気にしている。 振り向くとやはり同じ猫がいた。三毛と目が合った。 「………………(猫)」 「…………あの、申し訳ないんですけど」 「?」 「自転車でこちらに寄られる時とここから出発される時、すごい速さなんですけど」 それがなんだ。 「すいません、あの猫たち毎日この時間このへんにいるので、ちょっとだけ気をつけてもらえないですか?」 「…………どろぼう猫?」 「え? いえ、いいえ」 「飼ってるのか」 「あ、いえ」 「…………」 「すいません、飼ってるわけでもないのに。でもえーと、あの猫妊娠してるみたいで」 三毛を指さす。 「……それで」 「あの植え込みの向こうすぐ大道路でしょう。お客様の自転車とぶつかったり、驚いて道路に飛び出さないように少しスピードを落としていただきたいんです」 すみません、と頭を下げる。 「わかった」 店員は顔を上げてありがとうございますと言った。ぱっとそこだけ日が差したように笑った。 「お待たせしました。から揚げ弁当二つになります。おいしく召し上がれますように!」 店員が差し出すビニール袋を手に取る。猫二匹、四つの目が俺の手元を追いかける。 三毛。妊娠。ははおや。 (でもやらねぇ) 俺の飯だ。 イヤホンを耳につっこむ。チャリをこぐ。ペダルはゆっくり。 ああ眠い。もう腹が減ってる。 翌日も同じ弁当屋に寄る。店の前で思い出してスピードをゆるめてチャリを止める。乗ったままイヤホンを外す。 「から揚げ弁当二つ」 「から揚げ弁当二つですね。少々お待ち下さい」 また同じ店員だ。 今朝は斜め前の植え込みには目をやらず、奥の厨房へさっさと入ってガサガサ物音をたてている。 振り返ると猫が二匹、昨日と同じトラと三毛。植え込みの下で何か食っている。 (…………茶色い) 猫のエサだ。カリカリ。トラも三毛もガツガツ食っている。 (…………三毛か母親ならトラが旦那か) 身ごもってんなら母親に全部やれよ。 三毛がこっちを見た。ニャアと鳴いた。 母は強し。 「お待たせしました。から揚げ弁当二つになります。おいしく召し上がれますように!」 厨房から戻った店員がビニール袋を差し出す。受け取る。 「猫」 「へっ」 エサ。カリカリ。店員。 厨房に戻ったのは、 「あんた隠れてエサやってるのか」 カリカリ食ってるトラと三毛を他の店員に見つけられないよう注意を引くため? 「………っあー………………………」 「………………………………………」 店員の目が右から左、左から右へゆっくり動く。そのあたりに転がっているいい言い逃れを探すように。 (ねぇよ。道端にそんなん) 目が合った。 店員はわずかに顔をこっちへ寄せて声をひそめた。 「……ほんとはいけないんですよね、あげちゃ。妊娠してるし、産んだら増えるし……増えたらまた産まれるし。おしっことかうんちとか匂いの問題もあるし……」 「…………」 「あ、すいませんおしっことかうんちとか」 「(二度目)」 「できたらあの子うちへ連れて帰りたいんですけど、身ごもってるから気がたってて中々捕まえられないんですよ」 「うちってあんたんちに?」 「あ、はい」 「飼えんのか」 「今すでに一匹いるんですけど、そいつ懐の広いやつなんで大丈夫です」 少し肩をすくめて店員は笑った。 弁当を受け取る。 猫二匹、四つの目が俺には目もくれずにカリカリを食ってる。 三毛。妊娠。ははおや。こども。 (よかったな) 飯食えて。 イヤホンを耳につっこむ。のそりとチャリを進める。 腹が減るのはつらいことだ。俺も猫も。 翌日も弁当屋で同じ注文をする。 トラと三毛は植え込みで今日もカリカリを食ってる。 店員は昨日と同じように一度厨房へ入ってから、できあがった弁当を持って小走りでカウンターに戻ってきた。 店員が動く度、束ねた黒い髪が光を弾いて跳ねる。 「お待たせしました。から揚げ弁当二つになり」 「さん、髪、かみー」 厨房から声が飛ぶ。 店員は後ろ頭に手をやって、 「うおっ、あっ、忘れてた。すいません!」 (「うお」……) あわててその場でキャップをとって一束ねの髪をくるくると手早くまとめてゴムで留める。 (弁当屋のマニュアルか) そういえば昨日まで店員の髪の毛はすっぽりキャップにおさまっていたような。 すいませんでした、と言って一度厨房で手を洗って戻ってくる。 「お待たせしました!から揚げ弁当二つになります。おいしく召し上が」 「髪」 「へ」 「今」 「あ、すいません」 でへへ、と弱って笑う。 「そうじゃない」 今、あんたの、その長い髪が動物の羽とか毛とかしっぽみたいで、光に光ってて、なんていうんだ? (なんだっけ) 「お客様?」 「……(忘れた)」 「……どうかしましたか?」 「生け捕りはどうだ」 「え。えーとやっぱりダメです。昨日の夜も失敗しました」 どうすればいいですかねぇ、あんまり刺激もしたくないし、とうなる店員の手から弁当袋を受け取る。 店員の指の先に治りかけのきり傷がいくつもあった。(弁当屋なのに料理ヘタ?) 手の甲にはひっかき傷もいくつか。………なんでひっかき傷。 「あ」 「へっ?」 猫か。 振り向くとトラと三毛はまだカリカリを一心不乱に食っていた。 フーン。 チャリを降りた。 植え込みに近づいて、素早く後ろから三毛の前脚の付け根のあたりを支えて持ち上げる。 ニャン、と一声泣いた。今目の前にあったエサはどこにいったと言ってるようだ。 すみやかに降ろした。 「え…えー!なんかすごい今スムーズだった!えー!お客さん何者ですか!」 「楽勝」 「ど、どうやってやるんですか!」 「スッといってサッと捕まえりゃいーんだ」 「スッといってサッ……!!?」 「素早く」 「す、素早く!」 「さっさと」 「さっさと……!」 店員が静かにカウンターから道に出て三毛に近寄る。一歩、二歩と進んだところで三毛が路地のほうへ駆け出した。トラもそれを追っていく。 「………だめでした」 「どシロート」 「わたし一応猫飼ってんすけど……!」 「トロい」 「……あの!すいません、捕まえるときお客さんにやってもらっていいですか……!わたしキャリーバッグ持ってくるんで、今みたいにスッといってサッと捕まえていただけないですか!」 「…………別に」 いいけど。 「あああありがとうございます!あの、学生さんですよね?帰りももしかしてここ通ります?」 うなずく。 「じゃわたし今日、夕方までシフト入ってるのでそこの路地あたりで待ってます!」 「夜になる」 「部活かなんかですか? いいです全然。あの子はやく連れて帰りたいし、うちすぐそこだし」 手を振ってカラカラとよく笑う。 「それより帰り疲れてるところすいません。本当、ありがとうございます」 「別に」 「へ」 「疲れねぇ」 「そうなんですかー。タフですねぇ」 「…………」 「部活がんばって下さいね!」 「楽勝」 チャリに乗りながら目の前の店員の名札をはじめて見た。 。 「お気をつけて!」 背中で聞いても笑ってるのがわかる声だった。 イヤホンを耳につっこむ。チャリを漕ぐ。すぐにトップスピードに乗る。 「ひっ!」 「…………」 夜道に立っていた女はすぐ横にチャリを止めるまでこっちに気づきもしなかった。 「び、びっくりしたー。お客さん気配を消すのうまいですね。もしかして野球部?盗塁王とかですか」 「違う」 「でも機敏ですよね。さすがスポーツ選手」 「あんたがトロいだけだ」 「……うんまあ、そうですね。猫捕まえられませんしね」 「猫は」 「あっ、はい」 あそこです、とはもうシャッターの降りた弁当屋の前、いつもの植え込みを指差した。 トラと三毛が二匹並んで毛づくろいをしている。 チャリのままその後ろに回って、腕を伸ばして前足の付け根から抱き上げる。 今度はニャンとは鳴かなかった。 「さ、さすが……スっといってサッですね!」 「箱」 「はい!」 が持ってきた猫入れの箱に三毛はおとなしく入る。 「あ、ありがとうございました!」 「余裕」 ニャー、と足元で残されたトラが鳴いた。そうだ。 「こいつは」 どうするんだ。 「あ、このこはうちの子なんです。例の懐の広いやつ」 「ほう」 旦那じゃなかった。 「このことは仲いいんで、うちきても何とかなると思うんですよ。わたしには少しずつ慣れてくれたら」 安心しては笑う。 笑いながら猫の箱をのぞきこむ店員の肩口から髪の毛が揺れて落ちた。夜と同じ色の髪の毛が街灯の中で光を弾いて光った。 「あ」 「え」 「髪」 「は、」 朝、髪を見て何か考えていた。 あんたの、その長い髪が動物の羽とか毛とかしっぽみたいで、朝も夜も光に光ってて、なんていうんだ? (なんだっけ) 「お客さん?」 「あ」 そうだ。 うつくしーと思ったんだ。 そんで、 「その顔」 「顔?」 最初からマニュアル通りの接客してるだけなのになんつー賑やかな女だと思った。 (笑顔がうるせーんだ笑顔が) 来る客全員にいちいちそんなに笑って疲れねーのか。 「タフなのはどっちだ」 「へっ?」 「じゃ」 「あっ、ちょっ、ちょっ待ってください、これ」 ハンドルに手をかけたところでがビニール袋を差し出してきた。 「?」 「から揚げ弁当デラックスです。野菜炒めとかエビフライとかしょうが焼きとか、いろいろ詰めておきました。せめてものお礼です」 「…………………」 「部活でおなかへってらっしゃるかなと思って。よかったら召し上がって下さい」 「……遠慮なく」 「どうぞどうぞ!」 「…………ごちそうさま」 「おそまつさまです!」 ビニール袋受け取るとははっきりにっこり笑った。 ああその、うるさくてやかましい笑い顔。 ペダルに足をかける。 「明日」 「あ、はい」 「朝。いつもの時間にいつもの二個」 「あ、はい! 喜んで!」 それはどっかの居酒屋の挨拶じゃねぇのか。 イヤホンを耳につっこむ。チャリをこぐ。ギアを上げる。 「おいしく召し上がれますように!」 背中にいつもの声とマニュアルの決まり文句。 そら食う。 帰って家飯。その後ロードワーク行って弁当。 体力つけなきゃなんねんだ。どんだけ食ってもどんだけ走っても足らねぇ。 弁当屋をはるかに遠く、トップスピードに乗る。車輪が雨音みたいにサーサー流れる。ペダルは軽い。イヤホンから鼓膜を必死に叩く声。怒鳴りつけるドラム、ギター、ベース? あとなんかの音音音。 うるせぇ、うるせぇ。 あんたの笑った顔のがよっぽどうるせぇ。 (「おいしく召しあがれますように!」) 食うよ。 そんでも全然足りねぇ。 けど 。 あんたから買う飯はけっこううまい。 |