部活が終わるとメンバーはみんな近所に住んでいるので、大体学校近くの駄菓子屋に寄って、道々別れながらいっしょに帰る。
退屈しないし暗い夜道も安全だ。


一つ問題があるとすれば。



「ばいばーい。また明日ね、バネー」
「おーう!」


チャリに乗った学ランの後姿があたりの夜の色にすっかり混じってわからなくなっていくのを見送って、さて、と少し気が重くなった。


「行こっか」


隣に並ぶ佐伯が今朝はじめてつけてきたマフラーを軽く巻き直した。
紺に赤いチェックが薄く入ったブランドものだ。カシミアだ。ヤギの毛だ。メェ。




一つ問題があるとすれば、最後までいっしょに帰るのが佐伯だという点だろう。


















ってわかりやすいよな」


歩きながら片手で口元を隠して佐伯が言った。笑っていやがる。


「……なにがでしょう」
「俺、に嫌われるようなことしたっけ」
「いやべつに……」


というか別に嫌ってない。二人きり、とかだとちょっと気が重くなるのは事実だけど。


「嫌ってないよ」
「ふうん。じゃ、苦手なのかなぁ」
「……ていうか」
「めんどうくさい奴だと思ってる?」
「……あの、人の思考を読むのはやめていただけますか」
「ごめん。だって、、」


わかりやすいから、と続く声がくぐもっているのは片手で隠した口から漏れる笑い声が大きくなったからだ。


「だめだな、俺。こういうところがめんどうくさいんだよね。わかってる」


声の笑いだけ消して佐伯が言う。消すならその頬の笑い皺も消そうよ。


「俺は一日の中でこの帰り道の時間が一番楽しくて好きだよ。部活の時より、メシ食ってるときよりね」


日も沈んだのにきらきらきらきら佐伯は笑う。何に反射してるんだろう。ひょっとして自分で発光してるのか。



佐伯の何がめんどうだって、こうやって本気なんだかそうでないのか見分けのつかない軽口でいちいちわたしに好意をアピールしてくるのがめんどうでたまらない。

いつも冗談なら割り切ってハイハイと相手していればいいんだけど、今年の夏、海で怪談に紛れて言われた告白めいた言葉は今だにどう整理をつけたものかと判断に迷う。

かと思えば翌日ははじめて会った人間のように、「おはよう」なんつって、きらきらきらきら笑うのだ。
王子のように、うさんくさく。


佐伯の性格からして本気でからかっているとは思わない。(ん?本気でからかっている?)
まるっきりの不誠実、という人間ではない。むしろ誠実なのだ。
だから、恐らくどちらの時も佐伯の素なんだと思う。
わたしに見分けのつかない本気も軽口も佐伯にとってはどっちも本心ぽい。
でもそんなのは、本気でからかわれているよりタチが悪い気がする。


だからやっぱり佐伯はめんどうだ。


ついて出たため息を隠す気もなく大げさに吐き出した。
こっちだけ気をつかうのなんてまっぴらだ。
15センチ左斜め上で、ハハ、と空気が振動した。少し笑ったようだ。


「まいったなぁ。本当に嫌われそう」
「ほんと、嫌いじゃないよ」
「今はね」
「……まあ……でも、嫌いになったりしないよ」


多分。
部活の仲間だし。


「でも、未来のことはわからないよな」
「……そうだけど……」


もって回った言い方だなと佐伯を見上げると、肩に背負ったテニスバッグを担ぎ直しながら神妙な横顔。が、くるりとこっちを振り向いた。


「なぁ、。実は俺、未来から来たんだ」
「は」



語尾に疑問符つけるのも忘れた。頭の栓が飛んだのかと思った。佐伯の。



「一年後から来たんだよ、今日のこの日に。に会うために」



……………………何の電波をひろったんだ今度は。



「………へえ」
「信じてないな」
「うん」
「信じてくれなくてもいいよ。本当だから」



真実だから信じなくていいとはどういうことだ。
何か残るものがないではないが、そう言われると逆に信憑性の高まる物言いではあるな、と思った。今度何かの言い訳のときに使おう。



「で、何しに来たの?」


のってやることにした。この話にどうオチをつけるつもりなんだ。


「言いたいことがあって。に」
「なに?」


佐伯は立ち止まった。



「君が好きです」



いきなり敬語。



そして歩き出す。



「驚かないね」
「どこに?」
「告白してるんだけど」
「何の?」
「愛の」



変態です、という告白ではなかったのか。そうか。そっちか。
驚くことを期待されていたようなので一度うなずいて、「わあ」と言ってやった。

佐伯は眉を寄せてうーんとうなった。

期待はずれですいませんね。



「まあいいや」
「(何だその上から目線は)はぁ」
「で、もう一つ大事なことがあって」
「はぁ(今のも大事なことだったのか)」
「実は今晩、隕石が降るんだ」
「へえ」
「直接落ちたのはもっとずっと北のほうだけど、このあたりも被害がひどくて大変なことになる。俺も君も助かるけど、この土地を離れて一年以上続く避難生活がはじまる」
「へえ」
「だから、と会うのもほぼ一年ぶり。隕石落下の後、偶然一度避難先の体育館で会っただけでさ。お互いケイタイなんかももうないし、連絡できなかった。一年ぶりに会う君は、」



佐伯は声をつまらせた。
わたしの足下から髪の分け目までゆっくりと視線を上げて、



「変わってないね」
「あたり前だろ」


一年ぶりに一年前の人間と会ったって変わっているわけがない。



「佐伯だって一年未来の佐伯のくせに何にも変わってないじゃん」
「一年じゃあんまり変わんないって。あ、でも、腹にキズがあるよ。逃げるときにどっかで切ったやつ」
「いや腹にキズがあるかどうかなんて最初から知りませんし」



放っておいたら制服をめくって見せる勢いなので片手を上げて制した。


「そっか。こういう時、もし俺によく似た偽者がきても俺の方が本物だっていう証拠って、けっこう立てにくいな。ハハ、まぁ今度機会があったら見てみてよ」
「そんな機会はないと思う」
「え、あるだろ。部室で着替えてるときとか」
「佐伯によく似た偽者がきてどっちが本物かわからなくなる機会なんてないと思う」
「そっか。わからないことはないのか。愛だね」



ハハ、と笑っている。照れる様子もなく、さらりと爽やかに。



……………………見事だ。と思う。なんか負けた気しかしない。反論しようとする意思が流されていく。ああ、もうあんなところまで流れてる。ああ。




「だからさ、」



いつの間にか最後の分かれ道に差しかかってた。
佐伯と別れる最後の岐路。



「もしたとえ今晩何があっても、もう二度と会えなくても、今の俺がのことが好きだってこと、少しでいいから覚えててよ」



佐伯は、じゃあね、と手を上げた。
わたしは、うん、も、わかった、も、ありがとう(?)、もなく、気がつくと手を上げ返して「じゃあね」と言っていた。


道を別れて一人で歩く。ここから家までは10メートルほど直進してすぐだ。


言うだけ言って、じゃあね、と手を上げた佐伯が、わたしが家に入るまで園児を見送る母親のようにあの岐路にいることをわたしは知っている。
心配性になんて、少しも見えないのに。


門をくぐる前、肩越しに振り返ると佐伯がちょっとバツ悪そうに笑った。バツ悪そうでも爽やかで、外灯もないのにきらきらしている。
光っているのに、何だか一人で寒そうで、妙に哀れっぽく見えた。



「気をつけてね、帰り道とか、風邪とか」



そう言うと佐伯は目を丸くした。
なんでそこで驚くんだ。


マフラーに口元までうずめながら、佐伯が空を指差した。



「隕石にもね」



笑っていやがる。




門を開けて、家のドアに手をかけたところでもう一度振り返ると佐伯の学ランの後姿が濃い夜色の中でもよく見えた。


きらきらきらきら。やっぱりあれ、自分で発光してるのかな。










その日は隕石なんて降らなかった。

けど、ご飯食べてお風呂入ってテレビ見てだらだらして、さあ寝ようと思ってカーテンを閉めるとき、ついじっと空を見てしまった。

月のない夜だった。星だけがガシャガシャ鳴ってるみたいにきれいだ。


あれの中のどれかが落ちてくるのか。このあたりはえらいことになって、でも佐伯とわたしは助かるのか。


そうか。




見ている内に何だか切り上げられなくなって、窓を開けたままベッドに転がった。
窓の形に四角く切れた空に一度星が流れたときは、それなりに焦った。






















「バネ、おはよう」
「おう、おはよ…って、なんだその声!風邪ひいたのか?」
「窓開けたまま寝ちゃってさ……」
「なんでまた」
「星を見てたら、つい」
「なんだぁ?ずいぶんロマンチックだな」
「佐伯がうつった」
「は?風邪?うつったって何してたんだよやらしーな…て、痛、蹴んな!いってぇ!」