帰路にて。

 

 

 

 

 

「ひーよしっ☆」


いつものように部活を終えて、いつものように部室で着替えて、いつもの女にいつものように捕まらないようにさっさと帰ろうと部室を一歩出たとたん、いつもの声に名前(☆つき)を呼ばれて背中にタックルされた。



「いっしょに帰ろうぜぃ!」
「……………………」



パターン化された「いつも」からの脱出は常に困難だ。

腕を(勝手に)とって、(さらに)からめて歩き出す先輩とひきずられていく俺の背中に


「おつかれさまでーす!せんぱーい!日吉ー!」
「ひゅーう☆あっちーね!お2人さーん!ちゃんとまっすぐおうちに帰れよー!!わはははは!!」


鳳と向日先輩が声をかけてくるのもやはりいつものことで、

「そんな保障はできねーな!わたしは日吉に飢えている☆ぎゃはははは!!」


先輩が振り向いて叫ぶのもいつもの……。



「なんでですか」
「へ?」
「なんでいつもこうなんですか」
「わ☆なんだかやつれ気味な日吉に萌・え・るー☆」
「萌えるとかなんですか」
「キュン☆する」
「なんでですか」
「わたしは日吉に恋している!イエス☆」


恋。
だの、萌え。
だの、好きだ。とか。

言われ続けてそろそろ丸々一月になる。

一年のときから俺はテニス部で彼女はマネージャーで毎日顔を合わせていて、先月までは普通の部員とマネだった(はずだ)。

あんた、なんで急におかしくなったんだ。
ていうかなんで俺なんだ。


とか、訊きたいような訊きたくないような(ぐったり)


「ねえねえ日吉ー!昨日地震あったよね。わたし超べっくらした!日吉は?そんときなにしてた?」
「夕飯食ってました(棒読み)」
「日吉んちの夕御飯ってなんかすごい豪華そう!懐石とかっぽい!」
「(ありえない)ふつうですよ」
「肉じゃがとか?」
「ええ、まあ」
「日吉は好き嫌いとかあるの?」
「いえ、別に」
「そうかー別にかー」
「…………………………………………………」
「日吉さ、地震とかで死んだりしないでよ」
「は?」


いきなりなんだ、と斜め下の先輩の顔を見ると先輩は珍しく真顔だった。


「震度4では死にませんよ」
「震度4では死なないだろうけどさ。関東大震災、とかそういう」
「ああ」
「なんかくるらしいじゃない。近々」
「そういえば」
「それで、日吉は死なないでよ?」
「すいません、脈絡がよく」
「わたしが死ぬのも嫌だけど日吉が死んでもわたしすごく嫌だ」
「(断定  かよ)……はあ」
「日吉って薄命系だからさー心配なのよー」


なんで。

「なんでですか」

なんで一月前からなんですか、なんで俺なんですか、なんで死んだら嫌なんですか、萌えるってなんですか。

「なんなんですか」

あんた。

先輩は俺を見ていた。先輩と目があった。


日はすっかり暮れていた。
夕焼けは薄い暗闇に落ちていた。

どうか、「好きだから」とか「萌えるから」とかそれ以外で答えをくれ。


ふっと息のもれる音がした。
笑ったのか、嘆息したのか。
なにしろあたりは暗闇で。
普段は見えるものが見えない状況下。
落とした疑問が浮かんでこない水面下。

沈黙は嫌いじゃない。むしろ好むし望む。
だが、問いには答えを。


「死んだら嫌だとか、じゃあ一月前までは死んでもよかったんですか一月後には死んでもいいんですかなんなんですか俺はどうすればいいんですか」


あたりは真っ暗だ。
月がきれいだ。

先輩は黙ったままで、ひょっとして泣いてんのかと思ったけど鼻をすする音もしないのでそうではないだろう。

腹がへった。


「ごめん。わからない」
「なにがですか」
「なんで日吉なのかわからない。でも、日吉のこと好きじゃなくなっても日吉が死ぬのは嫌だよ。それはわたしが死ぬのが嫌なのと同じぐらいきっと嫌だよ」
「………なんで俺なんですか」

先輩はクスリと笑った。(おい、明確な答えをくれよ!)



「帰ろうか」


俺に背を向けて 先輩は道を歩き出した。



腹がたった。



「そうですね」


俺の家より彼女の家は遠い。

 

先輩は俺を振り返り、無言で凝視した。

 

 

「…まあ、暗いですから」


主語も述語もぬかした言葉の真意はそれでも彼女に伝わるに十分で。

先輩は、体を二つに折り曲げて笑った。

 

 

 

「日吉、好きだなぁ!」

 

 

 

 

暗い夜道に響く声を無視して歩く俺の腕を(勝手に)とって(さらに)からめてスキップを踏む。

 

 

 

 

「俺はつかれました」(ぼそり)

 

スキップは続く。笑い声とともに。