夏休みが終わるとすぐに席替えがあった。隣同士だった木手くんとは席が離れるとあいさつ以外話をする機会もなくなった。

木手くんからカツアゲされるんじゃないかと心配してくれていた友達のやっちゃんと和歌ちゃんは、
「木手くん意外にいい人なのかね」「カツアゲしなければいい人なわけ?でも掃除もまじめにやってたみたいだし、思ってたより不良じゃないのかもね」と、木手くんの評価を上げたらしい。

木手くんの魅力に参らないよう忠告してくれた真紀ちゃんとユカリは、
「ねぇねぇ、怪しいパーティ誘われなかった?あんたが木手くんのとばっちり食ってケンカに巻き込まれて、それ助けに来てくれたりは?」「え?台風情報教えてくれた……?なんだ、彼も思ってたより不良じゃないのかもね」と、やっちゃんたちと同じことを言いながら不思議なことに木手くんの株は下がったらしい。
変なの。

「木手くんは別にいつも普通に木手くんさー」
「はいはい。何にせよ、なんもなくてよかったよ」
「いやいや。何にせよ、なんもなくてつまらんさ」


木手くんとしばらくぶりに話をしたのはそれから一月以上後、思いもよらない瞬間だった。

「あ」
「お」

わたしと木手くんはお互いの手を取り合う寸前でピタリと止まった。
わたしたちより先に音楽が止まったからだ。

「あれ、機械の故障かね? 先生ちょっと見てくるから、お前たちそのままでいなさいねー」

先生が拡声器を足元に置いて、スピーカーの様子を確認しに行ってしまうと途端に生徒はみんなざわざわしはじめた。
四時間目の体育は来週の運動会の学年練習だったんだけど、もうあと10分でおわるところだったし、フォークダンスの練習って単調だからすぐに飽きるんだ。

「平気かねーうちの機械ってみんなぼろいからさー。本番までに壊れないか心配さー」
「………そうですね」
「木手くんフォークダンス好き? わたし、クルクル同じことして回ってると今自分が何してるんだかわからなくなって苦手さ」
「気分が悪くなるんですか」
「ううん、ぼーっとするだけ」
「それはあなた、いつもでしょうよ」
「最近はだんだん涼しくなってきたからそうでもないさー。居眠りもしなくなったし」
「それは重畳」
「頂上? どこの?」
「………………さんとこうして話すのも久しぶりやさ。居眠りしなくなったなら何よりですね」
「あーそうだねー。席替えしてから中々話せてないねー」
「おかげでさみしい毎日ですよ」
「ハハハ、わたしもさーやー」
「……夏休み、何か楽しかったことはありましたか」
「夏休み!? またずいぶん前の話やさー。……んー……………………」
「……まだ10月のはじめですよ」
「わたし一月以上前のことは覚えてないさー。んー……………………」
「…………無理しなくていいですよ」
「んー………………………………………………………覚えてない、てことは、楽しかった!多分!」
「それどういう文法ですか」
「ん? 幸せな文法?」
「世界で一番いい文法やさ」
「木手くんはまーた!いきなりおもしろいこと言うの、変わってないねー」
「……一月じゃ人間変わりませんよ」
「ハハハ。木手くんは夏休み何かあったんばー?」

深く考えずに訊かれたことをそのまま返したら、木手くんは口をつぐんで少し笑った。
いつも大人びている木手くんがもっと大人になってしまったような笑顔だった。木手くん、何もそんなに急いで大人にならなくてもいつかはみんな大人になれるさー。

唐突に音楽が復活した。
単純で愉快なオクラホマミキサー。

先生はまだ戻ってきてないけど、音楽につられて生徒はいっせいにダンスの続きを開始した。
刷り込みみたいやさー。
木手くんの手をつないで踊り飽きたステップを踏む。木手くん、背高いから踊りにくいなぁ。

「あ!」
「どうかしましたか」
「ゴルゴは利き手で握手しちゃいかんやさー。手、つないで大丈夫?」

からかうと木手くんは眉間に深い皺を寄せた。間にルーズリーフ三枚くらいはさめそうに深い縦皺だ。

「利き手を人にあずけるほど俺は自信家じゃない、ですね」
「そうそう!木手くんもゴルゴ好きなんだねー。ゴルゴはヒットマンの鑑だものねー」
「……俺はもう殺し屋廃業しますよ。狙った獲物も仕留め損なうようでは超A級スナイパー失格やさ」
「え、テニスやめちゃうの!?」

驚いて大声が出た。それと同時にまたピタリと音楽が止まった。わたしたちもいっせいに動きを止める。
木手くんはその反動でがくりと体勢を崩して転びそうになっていた。はぁやぁ、手足が長いのも大変やさ。
わたしたちはまたざわざわしはじめる。

「……テニスはやめませんよ」
「? ? 殺し屋テニス辞めたら何になるばー?」
「……(殺し屋テニス……)……棺桶職人でもやろうかね」
「はぁやぁ、職人さんかー。手に職があるのは人生心強いからね!でも、どうして棺桶?」
「自分の気持ちに釘を打って土の中に埋めるためですかね」
「木手くん詩人やっさ!すごいねーインテリやさー!」
「……ありがとうございます」
「けど自分の気持ちに蓋して埋葬なんてもったいないさー」
「そしたら受け取ってくれますか」
「なに、なに?捨てるくらいならちょうだいよー。病気と借金以外はもらう主義さー」
「あなた意外にしっかりしてますね」
「お金のことはきっちりしないとかいけんからね。おじぃがこないだ若いおねーちゃんに入れあげてそれはもう大変だったんよー!おばぁが知らない内におばぁの親戚からお金かりたりしてさーみんなで朝4時まで家族会議よ」
「……元気なおじいさまだね」
「今度やったら島流しよ!……あ、へへへこんな話してごめんね。えっと何を捨てるんだったっけ?」

木手くんは深いため息をついた。
そして、車に轢かれて今にも死にそうなカマキリを見るような目でわたしを見た。

「ど……どうしたのー木手くん、悲しそーさー」
「哀れんでるんです。自分を」
「え……どうしたのー」
「俺は君に殺されたんですよ」
「…え!」
「俺がヒットマンなら君はさしずめ賞金稼ぎさ。おかげで俺は縛り首ですよ」

木手くんは自分の首を片手で締め上げて舌を出してみせた。
木手くんてけっこうひょうきんなところあるなぁ。

「ハハハ、木手くんなら生死問わずの懸賞金つきやさ!大物、大物!一体何しておたずねものになったんばー?」
「報われない恋を、少し」
「アッハハハ!罪深いさー!よ、色男よー!」
「………そもそもあなたの射程距離の入ったのが間違いでしたよ」
「へ? わたしの武器って銃?かっこいいさー!西部の保安官みたいなやつがいいやさ」
「あなたなら投げ縄がいいところですよ」
「アッハハハハハ、カウボーイやさ!」
「……(それを言うならカウガール)……やはり裏方仕事は大人しく裏方に戻ります。あなたとは元々世界がちがいすぎる。さんはそのまま表の世界にいて下さいね」
「? まあ、十円玉もオセロも、表裏あっての一枚だからね。そしたらわたしと木手くんは二人で一つのセットやさ!これからもよろしく!」
「…………………………………………………」
「?」
「あなた、獲物を仕留めるならせめて一発で決めなさいよ」
「? 投げ縄じゃ無理さー」
「あああ……!(おかげで諦められたもんじゃない)」
「あ、オクラホマミキサー。スピーカー直ったみたいだね。もう、本当飽きたよこれ」

わたしたちは音楽が鳴るたび誰にも何も言われていないのに踊りをはじめる。
こういうの、パプロフの犬っていうんだっけ?

「木手くん、ほらほら、踊ろうよー」

手の平を差し出すけど、木手くんはうつむいて黙ったきりだ。おなかでも痛いんだろうか。顔色もよくないし。

「木手くん、おなか痛いの?」
「……おかまいなく」
「そしたら、踊ろうよー。わたし一人じゃフォークダンスは踊れないさー」
「……そうですね。一人じゃ俺もここまで無様にはなれません」
「一人でなんでも踊れたらかっこいいけどねー。フラメンコとか?でもやっぱりエイサーがわたしは好きよ」
「……十パーセントの才能と二十パーセントの努力、そして、三十パーセントの臆病さ。残る四十パーセントは運だろうな」

会話の流れを断ち切って木手くんが言ったセリフはよく知っていた。
ゴルゴ13の名台詞だ。

「229話、ロックフォードの野望!」
「あなた本当にあの漫画好きなんですね」
「いいセリフやさー」
「そしたら俺も先輩に倣うとしますかね」
「殺しの極意?」
「(無視)才能は置いておくとして努力も少しはしましたし、臆病はこれでも生まれつきです。残りの運にすべて賭けますよ」
「木手くんギャンブラーも似合いそうだねぇ」
「一点勝負の大博打やさ」
「お、なんか元気になったねー。その意気やさ!」
さん」
「はい?」
「俺はけっこう前からあなたが好きですよ」
「ありがとう、わたしも木手くん好きさー」
「…………やっぱり大火傷やさ」


ため息をつきながら木手くんはまた少し笑った。
疲れているようだったけど、なんだかちょっと楽しそうだった。
やがてオクラホマミキサーの音をかき消して四時間目終了のチャイムが鳴り響いた。
わたしたちは全員、いっせいに繋いでいた相手の手を離して空に向かって伸びをした。ごはんやさー!とみんなの声があちこちで上がる。
わたしも木手くんも例外ではなく、空に手を放って大きく伸びをした。

「疲れたさーおなかへったねー!」
「まだまだこれからやさ」
「へ? まだ踊るの?」
「あなたにも踊っていただきますよ」
「オクラホマミキサーはもうカンベンさー」
「生憎、火傷にはもう慣れました」
「火傷?ダンスで?……火の輪くぐりでもしたんばー?」
「ええ、これでも火遊びは嫌いじゃないんでね」

何を言っているのかはよくわからなかったけど、そう言って笑った木手くんは殺し屋というより葬儀屋さんというより、わたしと同い年のただの中学生に見えた。





ヒットマンにメロディを