同じクラスの木手くんはテニス部部長で、色黒で髪型がちょっと個性的でしゃべり方がちょっと居丈高、というか威圧的。
こわくて苦手だって言う子とクールでかっこいい!と言う子はクラスでだいたい半々ずつといったところ。


そんなわけで木手くんと席替えで隣になったとき友達のやっちゃんは「大丈夫?机の下でコンパスの針で脅してきてもお金わたしちゃだめだよー」とカツアゲされるの前提で心配してくれた。
「いや、木手はやるとしたらもっと正々堂々カツアゲするさー。筆箱を空けたら『俺の靴箱に毎日その日のパン代を入れておくように』てメモが入ってたりさー」

と言ったのは和歌ちゃんで、二人に対して

「木手くんは女子からカツアゲなんてせんよ!パー券売りつけてくるくらいだよ!」「そうよ、きっと200円くらい負けてくれるさー!」

と言ったのが真紀ちゃんとユカリだ。


どっちにしても暴力と金の影が消えてないよ。


「とにかく気をつけなよー」「惚れないようにね!」


でも木手くんは、思ってたよりずっと普通のいい人だった。


力いっぱい消しゴムをかけてたら反動で木手くんの頭に飛んじゃったときも怒らずに
「そんなに力入れなくても消えますよ」と言ってくれたし、
机に突っ伏して居眠りして先生に気づかれそうだった時は教科書を立てて隠してくれたらしいし(あとで真紀ちゃんに聞いた)、
「明日は朝から台風がくるらしいですから、早めに登校したほうがいいですよ」とお天気情報まで教えてくれる。

親切なお隣さんだ。


今日も放課後、日直で軽く教室の掃除をしていたら塵取りをもってかがんだ木手くんがふと、


さん、ここ、どうしたんですか」


ちょいと自分のおでこを示した。
わたしはほうきでゴミを木手くんの持つ塵取りに集めながらあわてておでこに手をやった。


「あ、や、やっぱり目立つ?」
「はぁやぁ、まぁ、目につきますね」
「ああーそうか〜…………これはねー、今朝ごはん食べてて、にぃにぃとふざけっこしてたらうっかりしたさーやー」
「朝食で何をどうふざけたらおでこにヤケドができるんですか」
「……コーヒーをね、飲んでたの。そしたらにぃにぃがマグカップを頭の上に乗せて、手を離して……にぃにぃの頭ってちょっと平たいのね、乗ったのよ。して、やー、これできるかー?て言ってね」
「…………」
「できるよーそんなの簡単よー、てやったら……ひっくり返したさー」
「……さん」
「はい」
「正気ですか」
「真顔できかないでよー木手くん!」
「あなた、仮にも女の子がそんな理由で顔に怪我をつくるとは迂闊が過ぎるんじゃないですか」
「うん……返す言葉もないさー。これ……ちゃんときえるかな?」
「ちゃんとすぐに冷やしましたか?」
「うん。お母さんがすごい怒りながら氷当ててくれた」
「それは怒られますよ。かわいい娘の顔ですからね」
「え、わたしかわいい?」
「親御さんにとってはね」
「そうだね、はは」
「なら、大丈夫でしょう。ちゃんと面倒がらずに薬つけるんですよ」
「はーい」
「それでももし跡が残るようだったらうちにきなさいよ」
「え、木手くんちってお医者さんだっけ?」
「そうでなくて、嫁御に」
「……えっ!」
「冗談ですよ」
「はぁやぁ、驚いたー!木手くんは、そうか、女殺しの殺し屋だったんばー」
「なんですかそれ」
「有名さー、木手くんのモテっぷりは!よ、色男よー」
「それはどうも」



大まかなそうじはすぐにおわって、窓を閉めて教室を出る。
外はまだ青い。日が暮れるにはまだ大分ある。



「木手くんこれから部活?」
「そうですね」
「そっか。ケガしないよーにがんぱってねー。あ、カギはわたしが返しておくよー」
「ありがとう」


そしたらねー、と手を振ると木手くんは、あ、と口ごもった。木手くんが口ごもるなんて珍しいなぁ。


さん」
「はい?」
「あのね、さっきのは冗談ですからね」
「さっきの?ああ、嫁御のこと?あはは、わかってるよー」
「ヤケドが消えても、どうぞきてくれて構いませんから。行く当てがなければね」
「へ」
「お待ちしてますよ」
「………木手くん、大ヤクザの頭領みたいさー」
「は?」
「ハーレムみたいに取り巻きの女の人がいっぱいいる未来の木手くんが今一瞬見えたさー。木手くん、大物になるよきっと!」
「……頭領にはなれませんよ。ヒットマンは裏方仕事ですから」
「はぁやぁ、ゴルゴ13みたいよ!」
「そうですね、狙った獲物は百発百中仕損じませんよ」
「かっこいいさー!」
「俺に惚れたらヤケドするよ。さん」
「あはは、木手くん、今日はおもしろいね!なんかいいことあったの?ご機嫌さー」
さんが今日はよく笑ってくれるからね」
「フフフ、わたしに惚れたらヤケドするよー」
「洒落になりませんね」
「はは、ほんとやさー」
「ヤケドならもうしてますよ」
「えっ木手くんも?」
「……………………………どこまで愚鈍なんですか、君は。本当に大ヤケドやさ」
「ぐ…愚鈍!愚鈍なんてわたしはじめて言われたよ!」
「あなたの周りは優しい人ばかりなんでしょうね」
「木手くん、目がこわいさー」
「殺し屋らしいですからね、俺は」


そしたら、とくるりと背を向ける。あっ。


「木手くん!ゴルゴは人に背中を見せたらいけないよー!」


振り向いた木手くんの目は殺し屋というより、葬儀屋さんのようだった。





ヒットマンブルース