この人のとなりを歩くといつも、冬の匂いがする。
「それは俺が冷たいってことですか」
そう言ったら、眉をよせひどく機嫌悪そうににらまれたので、おやと思った。
いつになく神経過敏になっているようで。
めずらしい。
ふだんから神経質そうに見られるこの人は、実は結構にしたたかでずぶといタチであるのに、今日はなにかよほど気に障ることでもあったのだろう。
答えずにわたしはその人と30センチものさしではかったみたいに正確な距離を保って隣を歩く。
不用意に近づきたくはないのだ。
傷つけられることよりも傷つけることがこわいのだ、と言えればかっこいいのだろうが、やはりこわがっているのはいつでもこのわたしで、それが惚れた弱みであるというのは百も承知。
この人は常にわたしの優位に平然と立ち、無意識にわたしを惹きつけ近づけ遠ざける。
わたしが何も答えずに隣を歩いていると、その人はため息をついて歩調を早めた。
冬の匂いがする。
まだ11月のはじめだというのに、雪の埃の匂いがする。
寒いのは苦手だけど冬が好きなのよ、
と告げたらそれは告白になるだろうかどうだろうか。
まだこの人に完璧な拒絶はされたくない。
これが勝負ならはじめる前からわたしは白旗をかかげている。そしてこの人はそれを目にしている。
この人は、負けるとわかっている勝負はしないのと同様に、勝つと知っている勝負も決してしない。
しかし、(落胆すべきか感謝すべきか)色恋は勝ち負けではない。
「今日は寒い」
沈黙を気まずく思う彼ではないのに、わたしに気をつかってかそんな一言をこぼした。
「寒くないんですか、そんな薄着で」
と、わたしを見ずに続けて、
ふと立ち止まった。
秋の日は夕焼けで、人恋しくなる時ではあるが。
彼はもしかして わたしをたよっている?
これが大いなる勘違いで、死にたくなるような自惚れであると覚悟してわたしはものさしを静かに(彼が気づかないように)踏みつけた。
「冬は嫌いなの?」
沈黙は肯定か?
ならば夏が好き、というほど単純なこの人ではないが、単純なわたしは俗な風物詩を思い描く。
しかし秋のこの日に、花火などあがらないましてや手にはいらない。
(背中を向ける)彼は わたしのことが(少しでも)好きだろうか?
彼の背中と雪の匂いを嗅ぐ。
冬を思う。
手をとった。
彼がびくりと震えた振動でわたしは我にかえった。
けれども今さら離すにはその人の手はひどくあたたかく、甘く、骨ばっていて、抗いがたい。
不意に彼のマフラーの焦げた茶色がぼやけるほどに近くに見えて、一拍おくれてわたしは抱かれていると気づく。
今では逆にわたしの手を強く握る彼の手はひどく熱いのに、首筋に押しつけられた冷えた耳の温度に身をすくめた。
「嫌いですよ」
わたしがなのか
冬のことか。
夕焼けが空を焼き落とし夜を手招く。
抱かれるままにわたしは冬の匂いを吸いこんだ。
(、ああ)
閉じたまぶたの裏に、火花が散る。
冬の花火
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