部活の後、じゃんけんで負けた奴がアイス全員おごりな!ってバネが言い出して、佐伯がいなかったのでその前に佐伯探しじゃんけんがはじまった。 パー出したら一発目で全員に負けた。(あいつら絶対結託してるって…!) パーで負けるのって必要以上に屈辱感がある。ちぇ。 テニスコートを出て海沿いに探し始めると、波打ち際につっ立った佐伯がすぐに見つかった。 「佐伯ー!」 「」 振り返った佐伯は海に沈みかけた夕日のオレンジを髪に顔に受けていつも以上にキラッキラしていた。 どうしてこの人のキラキラ度とうさん臭さ度はきれいに正比例するんだろうか。 「なにやってんのー?みんなアイスじゃんけんやるっつってるよー」 「うん、海から死んだ人が帰ってくるの、待ってたんだ」 「……は?」 ゴーストと
ダンス! 「……何言ってんの佐伯、大丈夫……?」 「ハハハ、知らないんだ?」 「な、なにが」 「お盆になると死んだ人たちが幽霊になってこっちに帰ってくるんだよ。んちも迎え火とか焚くでしょ」 「迎え火なら昨日やった……けど」 ご先祖さまたちがきゅうりやナスで作った馬に乗って、鬼灯を明かり代わりに目指して家まで来る、とばあちゃんに教えられた。 「死んだ人たちって海から帰ってくるんだっけ……?」 半ば一人言でつぶやく。言われてみればそんな気もしてくる。佐伯は横顔半分をオレンジに染めて海の遠くを見ている。制服のシャツがはたはたと風に吹かれている。 「俺さ、見えるんだよね、幽霊」 「……え?」 「見えるんだ、昔から」 「へ……へえ」 なんか変な汗かいてきた。 佐伯はにこっと笑った。うさんくさく、きらめかしく。 「んちって、おじいさんもおばあさんも元気だよね」 「え、うん。元気。……さ、佐伯んちは?」 「元気」 「(な、なんだよ……)よ、よかったね」 「ね」 「…………じいちゃんばあちゃんがまだ全然元気だとさ、お盆って言っても誰が帰ってくるのかって実感がいまいちないよね」 「だよね」 「…………じゃあ、佐伯は誰を待ってるの?」 佐伯は「ん?」とか軽く聞き返しながら、わたしたちが立っている波打ち際から10メートルくらい離れた海面を指差した。腕をまっすぐに上げて。 「あそこらへんにいるの、見える?」 「いるのって、……なにが?」 「女の人」 「………………み、見えない」 佐伯は「そ」とか言って腕を下ろした。 「3年くらい前にここで亡くなった女の人がいてね。入水自殺でさ。夏休みで、何日か海水浴が禁止されたんだ」 「入水自殺?」 「発見したのは朝一番に海に遊びにきたこどもたちだった」 「……それって……」 「うん、俺たち。海で待ち合わせしてて、その日は俺が一番早くここについてね。ちょうど今立ってるあたりに女の人が打ち上げられてるのを見つけたんだ」 ひっ と変な声が出そうになる。 佐伯の声はあくまで自然でいつもと変わらないから余計不気味に聞こえる。 かつてここにあった死体より、佐伯がこわい。 「……それで?」 はやくおわれこんな話。 「……ひっ、とか、ぎゃっ、とか言うと思った」 「……わたしも言うかと思った」 「って、変わってるね」 「佐伯に言われたくない」 それで? 「それでってこともないんだけど。毎年その日になるとなんとなく一人で海を見たくなるんだ。ここから」 「…………あのへんに、女の人がいるって言った?」 「うん」 「今もいるの?」 「うん」 「……こっち見てるの?」 「うん」 わたしには何も見えない。ただオレンジ色の波が不規則に見える規則の動きでこちらへ向かってくる、いつもの海にしか見えない。 「……ベタな予測で申し訳ないけど、もしかして1年ごとに女の人がこっちに近づいてきてるとか、そういう……」 「よくわかったね、」 ベタな解答で申し訳ないけど、なんて、おい、笑うな、佐伯。 「それ取り憑かれてんじゃないの……」 「来年はどうなるのかなって思わない?」 「……御祓いしたほうがいいと思う」 「よくわからないよな。化けて出てくるくらいなら、どうして自殺なんてしたんだろう」 「……佐伯」 「手をこうやってしてさ、呼んでるみたいなんだよね。俺のこと」 ぶらぶら、と力の抜けた動きで佐伯は手を振ってみせた。 眩暈がしてきた。 シャツの袖から伸びる、佐伯の日に焼けた腕を掴もうとして一瞬怯んだ。 おや、という目で佐伯がこっちを見る。 「大丈夫だよ。まだ生きてるよ」 「……知ってる」 影あるし。 「怖がらせちゃった?ごめんな」 「……怖いのは幽霊じゃなくて佐伯ね」 「ひどいなぁ、」 後ろで、おーい、アーイースー、とバネの声がした。 さーん、と剣太郎の声も。 「あ、みんなだ。、行こう。アイスじゃんけんするんだっけ?」 「、あ、うん」 今まで突っ立っていた場所をさっさと離れ、バネたちの元へ歩いていく佐伯の後ろ姿を、なぜか追うことができない。 さっき佐伯が指差したところを、わたしはいくら目をこらしても何も見えない。 三年前ここで女が死体になっていたことに実感はないけど、来年佐伯がここで死体になっているかもしれないという想像は何だか妙に現実感があった。 まさかあいつが、なんて言いながらわたしたちはお葬式に出たりして。 死にそうにない奴にかぎってころっと死んでしまうね、なんて言いながら。 「」 ぎくりとするほど小さい声で名前を呼ばれた。 見ると、佐伯がわたしに向かって腕を伸ばしている。さっき海面を指差したように、まっすぐに。 「大丈夫。呼ばれたって行かないよ」 伸びた影を踏んで、オレンジにキラキラと輝いて。 「俺が死んだら、泣いちゃうしね」 王子じゃないくせに王子のようにうさんくさく笑う。ほら、と開いた手の平をこちらに向ける。 「来年の今日、もうここに来るのはやめにするから。安心して」 「……あっ そう」 わたしは日に焼けたその腕の先の、長い指のついた手の平を握った。 「でもが死んだら、絶対俺を呼んでよね」 そう言って佐伯は握ったままの手を引いてダッシュで走り出した。 絶対か、と聞かれるとうなずけないけど、そのとき佐伯は多分照れていたのだと、思う。 |