教室を出ると日吉くんが待っていた。
壁に背を預けて、テニスバッグをかついでいるところを見るとテニス部はもう終わったのだろう。

「おつかれさま」

労うと日吉くんは「疲れてない」と小さく返した。挨拶だよ日吉くん。社交辞令的なあれだよ。
思うだけでそれらの言葉は胸にしまって曖昧にわたしはうなずく。ふうん。
日吉くんて、こういうとこ少しめんどくさいんだよなぁ。
おつかれさまの一言くらい笑って「おう」と受け取る度量を育んでいただきたい。

「行くぞ」
「うん」

わたしたちは並んで人気のない廊下を行く。
放課後日吉くんと待ち合わせて帰るのは、これで9回目だ。一月に一度で9回目。今年の春からはじまって、今はもう年の瀬12月。


月に一度、わたしの部活ある日だけ彼はわたしを家まで送ってくれる。
付き合ってるわけではないし、仲のいい友達でもない。(というか、そもそも友達かどうかもあやしいところだ)
だけど単なるクラスメイトでもない。


「日吉くんてさあ」
「なんだよ」
「有り体に言うとわたしのファンだよね」

見ると日吉くん、ゴミを見るような目でわたしを見下ろしている。この目ももう慣れたよ日吉くん。

「お前、日本語下手だよな」
「よく友達があんたと日吉くんてどういう関係?て聞いてくるんだけどいつも何て言っていいか困るんだよね。もうファンでいいよね?ていうかファンだよね?」
「ふざけるなよ。いいか、俺は女には手を上げない主義なんだ。主義を曲げさせるな」
「日吉くんの主義なんて知らないよ。こんなんで曲がるんならその程度の主義なんだよ人のせいにしないでよ」
「おい、うんざりしてるのはこっちのほうだ。わざわざ送ってやってるのに恩知らずな奴だ」
「日吉くんがわたしといっしょにいたいだけでしょう」
「だから人聞きの悪いことを言うな」
「じゃ、正しく言い直します。日吉くんがわたしの話を聞きたいだけでしょう?」


横目でにらむと、反論せずにちっと舌打ち。

そう、日吉くんはわたしの話が聞きたいのだ。
わたしの部活の話。
つまり、不思議部の話。

「で、今日は何をしたんだ」
「ほら、聞きたいんじゃん」
「そのために送ってやってるんだ」
「いちいち恩着せがましいなあ」
「早く話せよ」


わかったよ、とわたしはため息をついて今日の部活動の話をする。
氷帝学園内唯一、活動部員が一人の部活。それが我が不思議部だ。
一人じゃ同好会、ていうか一人でただ居残ってるだけの趣味じゃん、という声はごもっとも。わたしもそう思う。

しかしこの不思議部、歴史は長く由緒あるものなのだそうで、たとえ部員が一人でも「同好会」とは呼ばない習いらしい。
それが代々の諸先輩方、ならびに氷帝学園に出没されるこの世ならざる方々への敬意、なんだって。

そう、不思議部とはつまり、この学校に関係する幽霊、お化け、超常現象を調査し、研究する部活動なのだ。ははは引くよね。わたしは引いたよ入学当時。

でも大真面目だからね氷帝学園。あらゆることにクールに見えて実はすべてにおいて超本気だからね氷帝学園。

昔から霊感のようなものがあったわたしは先輩方からスカウトされて入部した。というか、半ば強制的にさせられたんだ。
なぜならこの不思議部、部活内容が内容なので霊感がなれけば入部できないという鉄の掟があり、そのせいで部員が極端に少ないのだ。


素質のある生徒がいたら即勧誘、が今年の秋部活を引退した先輩たちのスローガンだった。
それも今は部員もわたし一人になった。


「で、今日はそんな感じ。来月までにいろいろ下調べしてからまたあたってみるつもり」
「……大丈夫なのか?その、理科室に出る男子生徒の幽霊」
「なにが」
「お前取り憑かれたりしないのか」
「ああ。そういうのは、うん。いろいろと作法があるから、守っていれば大丈夫」
「……作法?」
「詳しくは言えないんだけど、いろいろあるんだよ。こうい部活だから、身を守る約束事というか、学校内に限っての護身法みたいな……」
「護身法?」
「いやそんな大仰な話じゃないんだけど………」


いかん。日吉くんの目が俄然いきいきしてきた。
反対にわたしはどんどん醒めていく。


わたしは霊感があるくせにまったくそっち方面に興味がない。否が応でも見えてしまうのだから怖くはないけど、積極的に関わりたいと思ったことはない。入部した時も今もそれは変わらない。


「で、護身法ってなんだ」
「ワクワクしない。部外機密。言えない。ていうか、日吉くんがキラキラするよーな楽しいことは一つもないから」
「なんだよ、氷帝学園七不思議を調べてるんだろ。教えろよ」
「調べてる途中だからいい加減なことは言えないの」
「固い奴だな」
「話せるとこまでは話したでしょ」
「じゃあ、続きはまた来月な。話せよ、必ず」
「……日吉くん、ほんとオカルト好きだね」
「悪いかよ」
「いや悪くない。ていうか、うらやましい」
「あ?」
「わたしもオカルトに興味があったら水を得た魚?的に自分の体質や部活を楽しめてたのな、と思って」
「お前、そういえば無理に誘われて入部したとか言ってたな」
「うん」
「後悔してるのか」
「してないよ」
「納得してるのか」
「楽しくはなかったけど自分にしかできない役目で、曲がりなりにもそれは果たしてきたと思ってる」


そう、決して楽しくはなかったけど。
自負はしている。


「やるべきことはやってきたよ」



日吉くんはふうん、とうなずいてそっとわたしの手を取った。


「……え、なんですかこれ」
「氷帝学園七不思議をふたつ教えてやろうか」
「は?」
「ひとつは俺がお前を好きなこと」
「は!?」
「もうひとつは、お前がそれにいつまでたっても気づかないこと」
「……は!?」
「こんなの誰が見たってあからさまだろう。この鈍感」







手をつなぐ不思議と不可思議







「え、だって日吉くんが好きなのはオカルトでしょ…!?」
「オカルトも、好きだ」