もしも君が大海原に沈んだら一も二もなく助けにいくよ 海の底まで
だから心置きなく、出航せよ!





「俺、タイタニック」





いつも元気(すぎてアホ)な向日が掃除中に教壇からムーンサルトして左足を捻挫した。

みんなに囃し立てられて「むーかーひ!むーかーひ!」「(パチン!)飛ぶのは…俺だ
!」て跡部ごっこしてまんまとこけたのだ。(着地点は濡れていた)(なぜならば掃除中だったから)


アホめ!


そんなわけで一週間部活に出られなくなった向日と珍しく二人で放課後の日直当番に当たっている。


いつもはホームルームが終わるとぴょんぴょん跳ねながら部活へ行ってしまうその小っこい体が、自分の机の上でだらりとのたくっているのは何とも、似合わない。


あの顧問の先生やらあの部長に大目玉をくらってきたのだろう。(かわいそうに…アホにさえ生まれなければこんなことにはならなかったものを……)


伸びている向日には日誌を任せてわたしは黒板を消しにかかっている。
(普通は男子がこっちを分担するんだろうけど、わたしと向日では背はあまり変わらないので関係ない)
弁当でおなかがいっぱいになって相当眠くなっていたわたしはざっざと無心に黒板の上の白い文字を消していく。あくびした拍子に粉が口の中にはいって少し咽た。(オォエ!)


「お〜翼の折れたエンジェル……………」

なんか聞こえた。振り向いてみた。(だってなんかそれって残された者の義務めいた責任)
向日が日誌の今日の天気の所ににうんこマークを書き込みながら陰鬱に歌っていた。(呪詛か)


「お〜……みんな飛べない、エーンジぇル…………」

飛べないのはお前だけだろしかも自業自得!


と正直に言うのはあまりに哀れだったから心の中だけに留めておいた。(それも義務)


「まあ、いいんじゃないのー。一週間くらい遅い夏休みと思ってゆっくりしなよ。休み中も毎日部活あったんでしょう」


向日の机の前の席に腰を下ろしてなぐさめてやると、向日は血走った目でこっちを見た。
な、涙目?(笑ってはいけない)(彼はとても今かわいそう)(アホがために)


「まあ…休みはさー……しょうがねーんだけど…」
「なに、あの顧問か部長になんか言われたとか?」
向日はうんこマークの中身を黒く塗りつぶしながら、
「跡部にさー、足けがしたっつって、理由は、て聞かれて、話したら『気をつけろよ』って…」「え、いいじゃん優しいじゃん部長!(イメージなかったなぁ)」
「跡部、自分の頭つつきながら言ってた」



想像。

納得。




「ああ…………………………………(頭 か)」
「………………………………………(ため息)」



向日はうんこマークにリボンをつけはじめた。


大変なことになってきた。(ただの日直としての仕事を全うしておうちに帰りたい)


向日は多分、普段なかなか落ち込んだりしないのだろう。そういう手合いは沈んだ気分と折り合いをつけるのが下手だ。


「…………いや、うん、向日はよく跳んだよね。あそこにちょっと水の拭き残しがあったのがいけなかっただけで。うん、輝いてた。キラキラボーイだった。最高だった。絶頂だったね。かっこよくて死にそうだった(現に死にそうになっていた)(本人が)」
「……………」
「大丈夫、折れた翼もまた生えてくるって!向日ほらピッコロさんの真似うまいじゃん?ナメック星人てあれでしょ、腕とかすぐ生えてくるんでしょ。だから大丈夫だよ向日!」



なんの根拠もない慰めを口にするわたしを向日はうさんくさ気に見ていた。(君が疑う理由はよくわかる)




…………………………………………。 繰り返してみよう。(向日は単純だから洗脳されるかもしれない)



「大丈夫だよ向日!」



向日はうつむいた。(やべー失敗した!)
そして盛大にため息をついて日誌を音を立てて閉じた。
そして、



「あのさー昨日、夜タイタニックやってたじゃん」


急に大きな声を出した。


「あー…………、ああ、洋画劇場?(話題についていけない)」
「うん、そう。見た?」
「いや昨日は見てないけど、前に見た」
「あっそ。そんで最後のあのあたりどー思う?」 向日の話し言葉には、あれとかそれとかが非常に多い。
「どこ?」
「ほら、最後、ジャックとローズが海に投げ出されて、板切れにローズ乗せてジャックは海の中にいるとこだよ。あれ、お前どー思う?」
「(思い出し中)えーと、もちょっと横ずれてくれたらジャック乗れそう」
向日はうん、とうなずいた。不敵気に目が光る。口角が上がる。(え?)
「俺は生きるぜ!」
「え………………?!」
「俺は生きる!そんでローズも助ける!二人で生きていくぜ!」
「うん…………………(?!)がんばって、向日………」


おう!と男らしく向日は笑って、鞄を手にして教室のドアへ歩いていく。片方の足を引きずって。


そして、ガラリとドアを開けて、出て行こうとする間際一瞬振り向いた。


「だから安心して俺に溺れていいぜ!」








「…………………………え」





向日もタイタニックもたまには沈む。
(浮沈船にわたしは乗りたい)