「桑原くんってかっこいいよね」

と言ったら隣の席の丸井がマジックマッシュルームでも食ったような勢いで笑い出した。(イメージ)

「おま、おま、ちょ、あり、ありえっね……やめてくれ…!」

イスごと倒れて床をのたうち周りながら、5分かけて上のセリフを言った。
踏もうかと、思った。





ローズローズ






「で?え?つかなになに何だっけ。何の話?」
「…………………(てめぇ)」
「そんな目で見んなって!何だっけ、バレンタインの話だったろぃ。あー、ちょ、久々にこんな笑ったぜ。腹いってぇ。で、何だっけ、ジャッカルが、プ、かっこいいって……ップ、ちょ、待て!グーパンはよせグーパンは!」
「あと一回何だっけ、って言ったら真田くんに授業中ガム噛んでることチクる」
「授業中つっても自習だろー」

今現在もクチャクチャやっている丸井は、最終兵器真田くんを持ち出すとぶつぶつ言いながらもわかったわかった、と両手を軽く上げて見せた。

真田くんは生徒会の副会長で、わたしは書記。緊急連絡用にメアドまで知ってる。
メールしたのは一度きりで業務連絡だけど。(「明日の生徒会の朝会議は20分早くなりました」だ)


「テニス部だったら誰にチョコあげるーとか聞いてくるから言ったんでしょ」
「だからってジャッカル……まーさかジャッカルがくるとは予想外だっての。何だっけ、かっこいい、て言った?」
「今また何だっけ、て言った?」
「言ってねぇ言ってねぇ」


絶対言った。


「かっこいいか?ジャッカルゥ?」


ニヤニヤしやがって。


「かっこいいよ。女子の間では密かに人気だよ。優しいし」
「優しいかー?まー優柔不断つーか押しに弱いところはあっけどよ。つか人気ってマジで?」
「優しいよ。こないだ6組のみーちゃんが社会科の資料いっぱい持ってフラフラしてたとき、大丈夫か?って自然に助けてくれたって」
「げ、かっこつけ」
「げ、丸井最低」
「うーそだって!お前すげぇ顔してんぞ!」
「元からこういう顔なんです」
「なんだよ機嫌なおせよ。ほらガムやっからよ」


丸井はゴソゴソ机の中を漁ってサイダーの板ガムを取り出した。いつのだそれ。


「……ありがと……」
「腐ってねぇから!眉間にシワ寄せんな!」


まぁガムが腐るって話も聞いたことないしな。
少し柔らかくなってたサイダー味のガムを噛むとぼんやりと寝ぼけた炭酸の味がした。


「で、なに、あげんの?」
「いや、ガムをもらったところです」
「ガムじゃねーよ。チョコだよチョコ」
「丸井チョコも持ってんの?」
「そう机の中に…ってねぇよ!チョコはやべぇだろ溶けるだろ」
「だよね」
「じゃなくて、お前が、チョコを、あげるのかって話!」
「丸井に?」
「ちが……く、ねぇけど………じゃなくて、ジャッカルにだよ!くそ、なんで今日こんなに話ループしてんだ!?お前もしかして眠いだろ!」
「うん眠い。丸井もテンション変くない?眠たい?」
「眠たくねぇよ。あーもー!ジャッカルのせいだちきしょー!」
「だから桑原くんは優しいって」
「おい、くっそ、あのなぁ、お前より俺のほうがジャッカルのことなんて知ってんだからな!ダプルスのパートナーなんだからな!」
「そりゃそうだよ」
「ジャッカルはな、焼肉が死ぬほど好きなんだぜ!あとコーヒー!で、母ちゃんがブラジル人で、父ちゃんは……無しょ……元気だ!英語が得意で筆記体とか超うめぇし、意外っぽいけど漢字にも強い!あとは……あとは一人っ子だ!」
「……へえ」
「知らなかっただろぃ!」
「うん」
「………そうだろぃ」


丸井はゼーハーと肩で息をして、ちっと舌打ちして前を向いてしまった。
さっきからこの人は何を言っているのだろう。


あくびをソーダガムで噛み殺し、じいっと丸井の不機嫌そうな横顔を見た。



「……なんだよ」
「……丸井もしかして」
「…………」
「桑原くんのこと好きなの?」



丸井は声もなくイスごと床に倒れた。



「ありえねぇ……お前ほんっっっっっっと、ありえねぇー………………」








やっぱり踏んでやろうか、と思った。











「…………ちなみに俺は3人兄弟の一番上なんだぜ」
「へえ~末っ子かと思ってた。なんとなく」
「…………よく言われる」