「……まだ行かなくていーのかよ」
「もうちょっとかな」
「……俺ハラへったんだけど」
「わかったわかった。……もういいかな。じゃ、いこう」
「おお。……にしてもあいつら、チューでもすんじゃねーのかと思ってびびったぜ」
「あの二人が?ドラマの見すぎだよ、バネ」
「悪かったなぁ!おーい、ダービデー!ー!」



バネの声だ。
顔を上げると、浜ぞいの道路のガードレールを乗り越えてこっちへやってくるバネとサエが見えた。
道路と浜を区切るフェンスを荷物を小脇に身軽によじのぼっては降りて、さみーさみーと駆け寄ってくる。

「おかえり、遅かったね」
「遅かったねじゃねーよ、お前らのせいでこっちは寒いのなんのって、」
「ごめんごめん、バネがトイレ行きたいってコンビニ寄ったら中々出てこなくてさ」
「俺!?」
「あ、焼きイモ焼けた?」

佐伯がいつものようににこりとほほ笑んだ。
鼻声なのも、多分目が赤いのも気づいてるだろうに何も言わない。
……逆に全部把握されてるみたいでこっ恥ずかしいな……。いつものことだけど。

「うん、今焼けた。他のみんなは?」
「樹っちゃんは家に寄っておにぎりとみそ汁持ってきてくれるって。亮たちは先輩の家で制服の丈直ししてもらってる」
「制服みんなもらえたんだ。よかったねぇ」

サエは手にしたデパートの紙袋をちょっと掲げた。丸みを帯びて膨れている。

「六角からあそこに行く生徒、多いからね」
「全員分ちゃんともらってきたぜ!」

バネは両手に持ってた紙袋を一つダビデに押し付けるようにして渡した。
ダビデはきょとんとしている。

「なに。バネさん」
「全員分、ちゃんともらってきたからな」

にやりと精悍に笑う。おお、いつもよりニ割り増しで男前に見える。バネってたまにはこういう顔もできるのに、どうしてたまにしかしないんだろう。

「全員……」
「おう」
「バネさんまで……。俺、二年だって」
「ばーか!んなこたーわかってるよ。誰がそんなこと間違えんだよ!うちの犬だってそんなん知ってるぜ」


すいません。バネんちの犬より物知らなくてすいません。


「全員だろ、ちゃんと。間違いねぇ。なぁ、サエ」
「そうだね。間違いないな」

ダビデの目が丸くなった。

「来年、待ってるからよ」
「バネさん」
「念のために言っておくけど、もちろんダビデの行きたい高校へ行っていいんだよ。重荷にはしないでほしい。ただ、これは俺たちの気持ち」
「なんだよ、サエはいっしょの学校行きたくねーのかよ」
「行きたいに決まってるだろ。けど、ダビデの選択肢をせばめるのはよくないよ」
「よくないよ、なんてかっこつけやがって!ダビデは卒業まであと一年あるし、その間に背も伸びるだろうから、つってガタイのいい先輩さがすのに走り回ってたくせに!」

ぎゃあぎゃあ言い立てるバネと、そうだっけ、なんてかわして笑うサエの間でダビデはじっと紙袋の中身に視線を落としていた。目のふちがまだ赤い目で、じっと。

「ダビデ!何とか言え!」
「……バネさん」
「おう」
「サエさん」
「うん?」
「…さん」

ダビデは一文字に伸びた口の両端に力をこめてこっちを見てくる。
泣き出しそうなこどもみたいな顔なのに、今まで見てきた何才のダビデともちがう顔で、なんだか急に知らない男の人に見えてきて不思議な感じがする。
言葉の代わりに唇のはじを少し持ち上げて、なに、と返した。
ダビデがほっと息をついた。一つうなずいて、口を開いた。

「三人さん、ありがとうさん」

沈黙する間もなく、ダビデはバネに飛び蹴られた。
後々から思い出しても、美しい飛び蹴りだった。

ダビデは声もなく砂浜に倒れたけど、制服の入った紙袋はしっかりと抱えて離さなかった。


「……サエ、ありがとう」

後ろに立つサエに小さく言うと、「どういたしまして、って言うのもおかしいけどね」と笑った。

「けど、二人でいい役回りやっちゃってさ。いいな。わたしもまざりたかった」
はもっといい役目があったじゃない」
「? わたしなにもやってないよ」
「何言ってるの。ありがとう、ダビデを泣かしてくれて」
「……………なんでありがとう……?」

わたしはよっぽど変な顔をしていたんだろう。サエはぷっと吹き出して笑った。

「ちょっと、なに」
「ごめんごめん、だって、ダビデ、ずっと我慢してたから。我慢してるとますますさびしくなっちゃうだろ?だから一回誰かがちゃんとさびしい、って言わせてやらなきゃって思ってたんだけど、俺たちじゃどうやったらいいかわからなかったからさ。がやってくれてよかったよ。適任だったな」
「…………そんなこと考えてたんだ、サエ」
「考えてたってほどじゃないけどね。なんとなく」
「…………わたしはダビデがずっと我慢してたなんて気づかなかったよ。ていうかダビデもこの春卒業するもんだと思ってて…………バネんちの犬以下だったよ、わたし」

サエはまたぷっと吹き出した。今度は腹を抱えて笑ってる。
おい、わたし、本気で落ち込んでるんですけど、佐伯さん。

「うん、まぁ、バネんちの犬は賢いからさ………プッ、気にするなよ、
「そうだね、バネんちの犬は賢いからね……」
「お手柄だったね、

笑って息を切らしながら言うサエはちょっとイラっとするけど、笑われずに言われたら多分また涙が転がってきそうだったので、いいことにした。


バネとダビデはいつの間にか波打ち際に立って、「さみー!」「勇み足でもさみー!」「さみぃんだよマジで!」「まじまじとさみぃ!」と手を口にあてて水平線に怒鳴っている。

青春だ、と言うには叫んでることがあほすぎる。でも、まぁ、あほだから、いいか。

「まざる?」

とサエが二人を横目で見ながら肩をすくめてきいてきた。

「うん!」

うなずいて走った。わたしもあほだから、あほなことをしてもいいんだ。
少し遅れて、後ろから笑い声といっしょにサエが追いかけてきた。

「寒い!さむーい!サムが泣くほどさむーい!!!!」

バネの隣に立って叫ぶと、「サムって誰だよ」とバネが変な顔をした。

「「寒さに強い良い新人」」

バネをはさんで向こう側のダビデと声がそろった。

「…だから誰だよ」

ダビデとわたしは目を合わせて、同時に笑い出した。大きな声で。





Dear,myマングース