あんまり寒かったので、まだ11月のはじめだったけれど湯たんぽを解禁することにした。 いつものずぼらで最後に使った日の水が入っていたので台所でトポトポ流していると、 「あー……きつかったー……!」 と言いながら褐色の人が出てきた。 湯たんぽの入り口から出て来たので、身長は全長15センチくらいだ。 褐色の人はインドっぽい黄色いサリー?を体に巻いていた。彼は頭をきれいに丸めているので、もしかしたらお坊さんなのかもしれない。 「まあ、ずっとこんなとこにいらしたんですか。それは寒かったでしょう。おかわいそうに」 わたしがお坊さんに声をかけると、お坊さんは、「へっ」と意外そうな顔をして、ゆっくり笑みを広げた。 「あなたは優しい人だ。願いを叶えてあげましょう。本当は一つなのだが、あなたは夢見る優しい人だから、三つ願い事を叶えてあげよう。さあ、願いを言いたまえ」 なんか地球のシェンロンとナメック星のシェンロンみたいだな、と思ったところで、目が覚めた。 お坊さんはジャッカルだった。 「ていう夢を見たんだよね。今朝」 昼休み、掃除当番の受け持ちの校舎裏を掃除しながらジャッカルに今朝見た夢をまんま話した。 ザッザと落ち葉を掃きながらジャッカルは何やらげそりとした。 「インドの坊さんかよ……」 「似合ってたよ」 「うれしくねぇ」 今ジャッカルはもちろん黄色いサリーではなく長袖のシャツに縞のネクタイ、学校指定のベストを着ている。 この寒風吹きすさぶ校舎裏で命知らずの薄着と言える。 わたしはと言えば長袖シャツにセーター、ブレザー、マフラー、スカートの下にはジャージまで着用済みだ。 「ジャッカル、寒くないの?」 「あ?別に……」 「南国の生まれなのに」 「生まれじゃねぇ!血が入ってるだけだ」 「なんだ。見かけ倒しか」 「お前な……」 にらまれても全然こわくない。 同じクラスになった学期初め、たまたま席が隣だったときは毎日ほんとビビッてたけど。 いつだったか授業中ジャッカルがつかってた消しゴムが勢いあまってこっちの机に飛んできたとき、「っあ、すいません」と丁寧に謝られて、あ、なんだ、と思ったんだ。なんだ、いい人だ。 「夢では寒そうにしてたんだけどなぁ。そいでわたしが寒かったでしょう、て労わってあげたら信じられないものを見るような目をして、それからゆっくりにっこり笑って、あなたは夢見るように優しい人だ、っなんつっていたく感動していた様子だったのに」 「お前夢の中で人にそんなこと言わせんな!」 「えー」 「えーじゃねぇ!」 ザッザッとむきになってジャッカルが掃く。 掃いても掃いても落ち葉は落ちてくる。 ジャッカルの長い手に竹箒がよく似合う。 「勝手に出てきたくせにさぁ」 「勝手に見たんだろ」 「ま。しょってる。夢でも会いたいと思われるほど惚れられてるとでもお思いか」 「ば……馬鹿か。馬鹿なんだなお前は」 お互い半目でにらみあう。 ジャッカルって、ジャッカルって目とか切れ長だ。肉食の獣を少し思わせる。ジャッカルだもんな。 「っつーか、お前掃除しろよ。さっきから全然その場から動いてねぇだろう」 「寒いんだよー動くとその分風が巻き上がってより寒いんだよー」 「じっとしてるほうが寒いだろ普通。動け。走れ」 「嫌だ寒い。女の子は体冷やしちゃいけないんだよ」 「だから動けよ」 多分ほんとにうんざりしてるのにジャッカルはそう言いながら手早く散らばった落ち葉を掃き集めて、うず高い山を作り上げている。 ジャッカルは働き者だ。俊敏だ。たがが掃き掃除の動きにキレがある。 「……ジャッカル、ほんとに寒くないの?」 「別に。平気。部活で慣れてっしな」 「頭……」 「寒くねぇって!」 「だって一番露出してるからさー寒そうだよ」 「ほんと寒くねぇって」 「……もしかしてセーターとか着てないのって、」 「貧乏だからじゃねぇ!去年は着てた!」 先回りしてお馴染みのネタをふると瞬発できり返してきた。やっぱ俊敏だ。 「あーもー……笑ってろよ」 わたしがケラケラ笑っていると、ジャッカルは制服のポケットから軍手を取り出して、集めた落ち葉をゴミ袋に詰め始めた。 「あっ、ちょっと待って。それはわたしがやるよ」 掃き掃除は結局全部ジャッカルにやらせてしまったから最後くらいはやろうと思った。 近寄ってゴミ袋に手をかける。が、 「いいって。汚れっから」 ジャッカルはゴミ袋をわたしの手から遠ざけた。 別にかっこつけたとか紳士ぶってるわけじゃなく、いつもの半分細めた目で、ぜんぜんこわくないにらみ方で、普通に。 「ジャッカル……君は夢見るように優しいね」 「は?」 かがんで落ち葉を拾っていたジャッカルを珍しく見下ろす体勢で目があった。 わたしは自分のマフラーをもそもそと解いてジャッカルの首に巻きつけた。 「うえ、なんだ、」 「優しい君に、これで願い事一つ。あと二つ、なにか考えといて下さい」 「え、なにがだ。つかだから寒くねぇって、」 「あったかい?」 「え、ああ、……うん」 「ジャッカルありがとう」 「……おお……。や、こっちこそありがと…う……?」 わたしはうん、とうなずいてゴミ袋の口をしばった。 中身は落ち葉だから袋いっぱいでも軽いものだ。持ち上げて焼却炉に向かう。 ジャッカルが横に並んで、うかがうようにこっちを見てくる。 「……お前ってけっこう優しいんだな」 「ええ、夢見るようにね」 アラジンの魔法 |